Page.5 テレビの人がやってきた 後編
2049年9月26日。日曜日。
真琴の家に「大江戸テレビ」の取材スタッフが来てから丁度1週間が経っていた。
夜9時。毎週日曜日のこの時間、大江戸テレビでは「大江戸瓦版」というニュース番組を放送している。
この番組では最初に、この1週間で注目となったニュースのおさらいが放送され、その後CMを挟んで、日本の様々な問題を取り上げた特集番組や討論番組が放送されるというのが定番だ。
そして、今回放送されるのは「シリーズ・限界集落特集」の第三弾。
前回と前々回では限界集落に残るお年寄りに密着した地味な内容だったので、今回もまたこれまでと同様のお堅い特集が放送されるのだろうと多くの視聴者は予測していた……。
だが……。
◇ ◇ ◇
──そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? だからちょっと布団から出てきてくれないかな?
各家庭のテレビから聞こえる相羽の声は、いつになく優しかった。
そんな相羽の言葉に反応して、テレビ画面に映っている布団の塊がムクムクと動き出すと、まるで生まれたての雛鳥が卵の殻を割って出てくるかのように、布団の中から真琴がひょっこりと、恥ずかしそうに顔を出す。
『こ、こんにちは……』
古びたパジャマを着た真琴の姿は、中学生には見えないほど小さく華奢であった。
そんな少女が、怯えながらも勇気を振り絞って相羽に挨拶をする光景が、電波に乗って全国へと流れていく……。
しかし、真琴のそのしぐさの1つ1つはとても弱弱しく、指先で触れるだけで壊れてしまいそうな儚げさがあった。
──ネットの反応──
>おい、今すぐ大江戸テレビを見ろ。お前らの大好きな幼女が映ってるぞ!
>大江戸テレビに出てる女の子、めっちゃ可愛い!
>相羽さん優しいなぁ……。
>この子マジで病気なの? 髪とか肌とかめちゃ綺麗なんだけど!
>何この美男と美幼女。つか幼女あたしと代われw
>つーか何これ。後ろの本がおかしいんだけどww
真琴の姿がテレビ画面に映されるや否や、SNS上では早くも真琴についての話が盛り上がり、次々と真琴に関するツィートや画像が垂れ流されていく。
そして早くも急上昇ワードランキングには「大江戸テレビ」や「限界集落」といったキーワードがランキングに浮上していた。
──真琴ちゃん中学生なんだってね。学校は楽しい? 先生はどんな感じ?
取材時間が30分縛りということもあって、相羽はつい矢継ぎ早に質問してしまった。
『えと……。学校には一度も行ったことが無いので分からないです。先生は小学校を卒業していなくなっちゃったので、今は1人で勉強してます』
──えっ……? 先生がいない!? じゃあそこの棚にある教科書はどうしたの?
真琴のベッドと部屋の壁の間には、真琴がいつでも本が読めるようにと小さな本棚が備え付けられていた。
そしてその本棚には、全国の中学生が使っているのと同じ教科書が全科目綺麗に並べられていた。
真琴に先生がいないのは問題だが、その辺りの事情は都に突撃取材をした方が早いと判断した相羽は、先に置いてある本年度版の教科書について聞くことにした。
『教科書? あ、コレですか?』
真琴は備え付けの本棚から理科の教科書と問題集を取り出す。
ちなみに余談だが、この本棚には日ごろ真琴がよく読む本をメインに置いてある。
……のだが、それらの本を羅列してみると「世界で最も美しい代数幾何学」「完勝! 国際連合公用語英語検定試験A級」「昆虫に学ぶ生存の法則」「勘定奉行 荻原重秀の功罪」「活断層は物語る ~地震の歴史~」といったお堅い本がズラリと並んでいた。
『ちょっと前に変なおばさん達が島にやって来て、ボクにこの教科書を渡して欲しいと頼まれた、って源じぃが言ってました』
──へぇー。
『でも、その源じぃがね「変な人達じゃったのう」って言ってました。ボクもよく分からないんですけど、その人達は泣きながらすぐに島から出てっちゃったみたいで……』
──そ、そうなんだ……。
相羽の声が少し引きつった。
おそらく、「変なおばさん達」は、先ほど相羽達が歩いてきたデンジャラスな道に耐えられなかったのだろうという想像が容易についた。
ちなみにその「変なおばさん達」は、真琴の中学進学に関する調査にやってきた都の職員だったのだが、案の定と言うべきか、相羽の想像通り、雪神島の過酷な環境に耐え切れずに、「変なおばさん」達は、源三郎に教科書を押し付けて逃げ帰ってしまったのである。
無論、島の住人達や真琴や文子は、都から職員が来ていた真実を一切知らない。
『でも変な人達ですよね。ボク、この教科書は小学3年の、えっーと、6月から7月ぐらいだったかに一度習ったんですよね。なんで今さら、そんな本を届けにきたんだろう?』
──えっ!? 小学校3年? え、えっと、ちょっとその教科書を見せてもらってもいいですか?
『あ、はいっ』
相羽は真琴から理科の教科書を借りると、もう一度教科書の表紙を調べる。
しかし間違いなくその教科書は2049年度版の理科の教科書であった。つまり真琴と同い年の全国の中学一年生達が使っている教科書と同じだ。
相羽は、その教科書の中身をパラパラとめくって内容を確認する。
少し読んだ形跡がある真琴の教科書には、中学生の教科書によくある落書きも、重要そうなところに引いてあるアンダーラインも一切書き込まれていない。
ただ、練習問題の解答欄にのみ、正解だけがシンプルに書き込まれていた。
それはまるで、小学生が9×9の問題を計算せずともスラスラと書き込むのと同じようなシンプルさであった。
『あ、そだ! ちょっと分からないところがあるんですけど訊いてもいいですか?』
──あ、うん。僕でよければ。一応大学出てるので、中一程度の問題だったら分かると思います。
『ありがとうございます! えとですね……こっちの理科の問題集の最後の方の……この超難問ってページの……えーと、ここなんですけど……」
(ち、超難問……!?)
相羽は心の中で少し狼狽えた。しかし顔には決して出さない。
アナウンサーたるもの、地震が起きようが冷静でなくてはならないのだ。
──う、うん……。
真琴がベッドの上で該当のページを開くと、相羽は真琴の方へ身を寄せて確認する。
『あのですね、この問題、どうしてわざわざ「空気抵抗はないものとする」なんて書いてるんですか? こんなの書いたら難問じゃなくなっちゃいますよね? この但し書きの意味が分かんないんです』
(はっ?)
相羽は、真琴の質問の意味が分からなかった。
『あ、いえ、なんとなくですけど、ボク、本当はこの問題を作った人がやらせたかった事って大体分かるんです。でも、こんな書き方をしたら簡単になりすぎちゃって意味ないですよね? たぶん、空気抵抗がある場合でも、微分方程式を使わないで解きなさい、って解釈だとボクは思うんですけど、そうだと仮定した場合……』
真琴は呪文のように計算式を口頭で並べ立てていくが、真琴を除いてこの場にいるすべての人が、真琴が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
『ていうかですね、なんか教科書も絶対おかしいんですよ。どうして最新の教科書なのに、運動方程式について一切触れてないんでしょうか? それとももっと簡単なやり方でもあるんでしょうか? あと他にもですね、どうしてここに……が……無いんですか? それと実数だと計算が面倒くさくて、いやいいんけど、それだったら……』
真琴の言葉を最後に、番組は中途半端なところでCMに切り替わるのであった。
──ネットの反応──
>大江戸テレビヤバいwww 放送事故だろこれw
>幼女が言ってたことをそのまま書き出してみた。言ってる事は合ってるが誰がここまでやれと言ったw
>↑ちょっw 見ても全然わかんねぇw
>高校数学レベルの物体の落下運動についての問題だな。問題文の解釈以外は普通に合ってる。
>つか小学3年でやる内容じゃねーよ! 誰だよこんなの教えた天才はw
>頭いい子なのは確かなんだろうけど、どこかズレてるよな。
………
……
…
──さて、もっと詳しいお話を聞きたかったですが、取材時間が限られていますので、真琴ちゃんの趣味の話に移りたいと思います。そういうわけで真琴ちゃん、本棚に『ホリー・ポットー』の本があるけど、真琴ちゃんはホリー・ポットーは好きなの?
『ホリー・ポットーですか? これは昨日、源じぃが平じいちゃんトコの納屋から見つけて持ってきてくれたんです。ボク、半日も読み耽っちゃいましたけど、すごい面白かったです! たぶん日本語の本があったら、お母さんも絶対に「面白いね」って言ってくれると思うんです!」
──そ、そうなんだ……。でもその本は英語版だよね? 真琴ちゃんは英語読めるの?
『これぐらいなら普通に読めますよ? あまり難しくないから小学生にもお勧めです。あ、でもボク、音読は苦手で……』
──小学生に英語の本はちょっと厳しいと思うけどなぁ……。あ、じゃあ真琴ちゃん、ちょっとそれ読んでもらっていい?
『あ、はい。でも下手っぴですよ?』
真琴はホリー・ポットーの1巻の適当なページを開くと、スラスラと音読し始めた。
その声は日本人的な訛りが含まれるものの、誰にでも聞き取りやすく、その上真琴の可愛らしい声もあってか、誰もが魅了されるような朗読であった。
真琴がここまで流暢に朗読できるのも留美先生の教育の賜物であるが、真琴自身は病気の身もあって、日本語だろうが英語だろうが、声を出すことそのものが得意ではないと思っている。
──ネットの反応──
>発音上手ぇ!
>いや、LとRの発音ができていない。典型的な日本人英語
>出たww 発音厨ww
>英語版、半日で読破とかおかしい。
>つーか小学生じゃ無理だろw
>↑ホリポトは子供でも読めるぞ。英語圏の子供だったらだがw
>真琴ちゃん、ホリポトは日本語版どころか大人気すぎて昔映画にもなったんだよ……。
>大阪にホリポトのテーマパークがあるよ、って教えてあげたい。
>俺と2人っきりで連れて行ってあげたい。
>↑おまわりさんこいつです。
>なんだろう、なんで日本にこんな子がいるんだよ……。逆に痛々しいよ……。
>相羽、もうとっくの昔にホリポトの日本語版が出てるって教えてやれよww
後ろでハンディカメラを持って撮影してる山崎が、時間が無いので巻けというジェスチャーをする。
そのジェスチャーを見た相羽は、真琴の発音を褒める間もなく最後の質問へと話題を変えた。
──真琴ちゃんどうもありがとう。朗読の途中でごめんね。あまり時間が無いので最後の質問をするね?
『あ、はい、ごめんなさい。やっぱり下手……でしたよね?』
──いや、とっても上手だったよ、真琴ちゃん
『あ、ありがとうございます!』
──じゃあね、これが最後の質問です。真琴ちゃん、もう少ししたら真琴ちゃんの誕生日と聞きました。もしもプレゼントが貰えるなら何が欲しいかな?
『えと……あの、プレゼントじゃないんですけど、ボク、外に出てみたいんです』
真琴が健気に言ったその望みは、相羽達にとってとても重いリクエストであった。
道路は魔境のように寸断され、ヘリで輸送しようにも雪神島までの航続距離が絶対的に足りないので、救急ヘリが搭載可能な病院船や、あるいは海上自衛隊のヘリ搭載可能な護衛艦などが必要になる。
そのような莫大な費用が掛かりそうな企画を「大江戸瓦版」の予算から捻出できるとはとても思えなかった。
──困ったな……。
思わずアナウンサーに有るまじき素の感想が、ため息と一緒に口から漏れ出てしまった。
その言葉通り、相羽は困った顔を浮かべる。
真琴が外に出ることができないのは、相羽も知っている。
薬の副作用により、真琴は直射日光に当たってしまうと皮膚が炎症してしまうのだ。
取材の出発前に、真琴の話を初めて聞いた相羽達テレビスタッフは、皆一様に吸血鬼を思い浮かべたが、たとえ冗談でも真琴は決してそんなダーティーな子供ではないと、今の相羽は目の前の真琴を見て確信する。
だが、このあまりにも純粋な子供の願いを解決するのは中々に難しいのだ。
予算の問題以外にも、下手に真琴を連れ出そうとすると、人命に関わることになりかねない。
とてもじゃないが、いち番組が取れるリスクではない。
どうにかしてあげたいと皆思うのだが、こればかりはどうにもならない……。
……しかし。
『えっとですね、アレなんですけど』
そう言うと真琴はむくりとベッドから起き上がり、少しふらつきながらレトロテレビの前に座り込む。
そしておもむろにファミコムを引っ張り出してスイッチを入れた。
すると、レトロテレビには色鮮やかなゲームの画面が映し出される。
──真琴ちゃん?
突然の真琴の行動に、相羽は戸惑いつつ問いかけたが、真琴はファミコムのゲーム『エターナル・スフィアⅢ』のゲーム画面に夢中になっていて、何の反応も示さなかった。
そして、映画でも鑑賞するかのようにタイトルデモを最後まできっちり見終えると、真琴は最初からゲームを始めた。
しばらくして……。
《おお、ゆうしゃよ このくには おしまいだ》
《わが しろを でて トマの むらへと ゆくのだ!》
《そこで あらたな であいが まって いるであろう!》
真琴の「ゆうしゃ」が王様に話しかけると、レトロテレビには王様のセリフが表示された。
『それで、次はここからですね、こうして……』
それから、ドット絵に描かれた「ゆうしゃ」はまっすぐ城の出口までテクテクと歩く。
そのまま城の外に出るかと思いきや、突然「ゆうしゃ」は門の前でピタリと止まった。
(ん?)
ずっと動かない「ゆうしゃ」。
そして「ゆうしゃ」と同じようにピタリと動かなくなった真琴。
──真琴ちゃん、大丈夫!?
異変に気付いた相羽が真琴に声をかけた。
ふと真琴を見ると、コントローラーを手にする真琴の小さな手が、ピクピクと痙攣していた。
真琴の異常に気が付いた相羽は、真琴の容態を確かめようとテレビと真琴の間に割って入った。
見れば真琴の顔は赤くなっていて、少し苦しそうに胸に手を当てながら、呼吸がはぁはぁと荒くなっていた……。
『おい相羽、ちょっと下のスタッフに電話しろ。下にいる医療スタッフに来てもらえ!』
相羽の焦燥した表情を見た山崎は、ハンドカメラを手にもって撮影したまま、すぐさま相羽に指示を出す。
さすがはベテランの山崎。その判断は素早かった。
……が。
『ご、ごめんなさい、大丈夫です、ボクは平気ですから』
確かに真琴の言う通り、呼吸は荒いが特別危険な状態でもないように見える……。
『ボク、ここにくるといつも緊張しちゃって……。あ、相羽さん。あのですね……ボク、この先に行ったことがないんです』
そう言いながら真琴は、レトロゲームの画面の中央を指さした。
──もしかして、外に行きたいって……。
『はい、この先です。だ、だって、外に出たらみんな死んじゃうって言うから、ボク、怖くって……』
そう、真琴は1日に1時間だけ、ファミコムの傑作RPG「エターナル・スフィアⅢ」をプレイしていた。
だが真琴は、このゲームの正しい遊び方なんて全く知らず、毎回ゲーム機の電源を入れると、最初の城をテクテクと散歩しながらゲーム内の人々の話を聞きまわるだけ。
そして1時間が経つとゲーム機の電源を切って辞めていたのであった……。
《おしろの そとには ぜったいに でたら だめよ?》
《こわい もんすたーに みんな ころされちゃうわ!》
とあるNPCのセリフを真に受けた真琴は、ゲームでも決して外に出ようとはしなかったのである……。
──ちょっとコントローラー貸してくれる?
見かねた相羽が、肩を竦めて怯えている真琴からコントローラーを借りると、相羽は平然と町の外にスタタタッと出た。
『わーーーっ! ダメッ! やっぱり危ないよっ! ね、帰ろう? ね?』
騒ぐ真琴を無視して、相羽の操作する「ゆうしゃ」はズンズンとフィールドを歩き出す。
そして3から4歩ほど歩くと突然画面が切り替わり、デロデロデロというおどろおどろしい音楽と共に戦闘画面に切り替わるのであった。
画面にはかわいいハムスターみたいなモンスターがあらわれる。
それを見た瞬間、真琴は「キャー」と可愛らしい悲鳴をあげると、すぐにゲーム機のスイッチをブチッ!と切って大急ぎでベッドに戻った。
そして再び、餃子みたいに布団の中に潜り込んで、ピタリとも動かなくなってしまった……。
放送はここで終わった。
だが、この放送の反響は凄まじく、特にネット上ではものすごい勢いで真琴の可愛らしい反応をした動画が世界中に拡散されたのであった……。
ちなみに放送終了後、相羽が「エターナル・スフィアⅢ」の遊び方を、真琴に教えてあげたのであった。
そして真琴はこのゲームで初めて実戦的なお金の使い方(注:買い物するだけ)とお金の大切さを学び、そして戦わなければ殺されてしまう自然の残酷な摂理を体験するのであった。
作者はアホなので、勉強の事について真琴が何言っているのかさっぱり分かりませんorz




