Page.4 テレビの人がやってきた 中編
大江戸テレビが誇るアナウンサーこと相羽翔太は、端正な顔立ちと独特のイケメンボイスで、女子高生からご婦人方まで幅広い年代の女性層に絶大な人気を誇っている。
その人気ぶりは凄まじく、取材で街頭を歩くだけで近くに住んでいるおばちゃん達が我先にと家から飛びだして、マッハで相羽の元に迫り来るほどだ。
……なのにだ。
御堂家の玄関から出てきた真琴の母の文子は、ごくごく普通の態度で相羽を出迎えた。
文子の反応は一般人からすればごく当たり前の応対だったのだが、相羽にとっては普通ではなかった。
何故なら、相羽がよく番組取材で「お宅訪問」なんてすると、どの家の奥様方も、漏れなく両手で口を押えて「えっ、ヤダっ!? なんでウチに相羽さんが来てるの!? ちょっと待って、信じられない!」といった反応を示すのが、相羽にとっての「普通」だったからだ。
(ああ、これだ、これだよ! 僕が求めていた人々との交流ってやつはこれなんだよ……。ああ、懐かしいなぁ!)
しかし、文子の淡々とした応対に不意を突かれた相羽は、思わず心の中で歓喜し、同時に、まだ無名だった頃を思い出と懐かしさが相羽の脳裏を過るのであった。
顔にこそ出さないが、言葉に言い表せない「実家に戻ったかのような温かさ」のような感覚を全身に浴びて、相羽の心は少し震えた。
………
……
…
「……では、一度外で撮影してからお邪魔させていただきますね」
「はい、ではすみませんが、家に入って来るときはなるべく静かにお願いします。娘は昨夜から緊張しっぱなしですので……」
「分かりました」
文子との打ち合わせが終わると、一旦相羽は、御堂家の古びた玄関の戸をガラガラと閉める。
そして無意識にズボンのポケットからスマホを取り出して、その画面を覗き込んだ。
スマホの画面の電波アイコンが表示されているのを確認すると、相羽はすぐにスマホをポケットにしまい込んだ。
余談ではあるが、現代では地球上どこにいてもインターネット接続サービスが安価で利用できるのだ。
(おっと、今は集中しないと、な……)
相羽には、仕事の合間でさえ頻繁にSNSに投稿する習慣があった。
さすがに歩きスマホこそしないが、日ごろから立ち止まる時間が少しでも出来ると、すぐにスマホを取り出しては何かをツィートする癖が身についており、時折、脈絡もなく自身のサブカル趣味について延々と語ることさえあった。
ちなみに相羽はサブカル系の知識にはオタク達も一目置くほど造詣が深いのだが、そのような手合いにアンチが付くのは、いつの時代も変わらない。
ともあれ、いつもの癖で今の気分をSNSに投稿しようとした相羽だっだが、この現代文明から取り残された特殊な環境に感化されてしまったのか、相羽にしては珍しく、なんとなしに投稿するのを止めてしまった。
「OKです山崎さん。早速取材を始めましょう!」
相羽がディレクターの山崎にそう言うと、御堂家の取材が始まるのだった。
◇ ◇ ◇
玄関前で撮影が始まり、相羽が深刻そうな表情を浮かべながら限界集落の現状や、これから紹介する御堂家や真琴についてレポートしているなんて、部屋に閉じこもっている真琴は全く気付いていなかった。
当の真琴は、昨日からドキドキしっぱなしでそれどころでは無かったのである。
ただ、いつものベッドの上で、ちょこんと可愛らしく座りながら、枕を抱きかかえてずっとドキドキしているだけだった。
何しろ、島民以外の人に会うなど小学校の留美先生以来なのだ。
真琴の頭の中で『テレビの人』のイメージ像がいくつも浮かんで来るのだが、その全てが雪神島の老人達の姿をしていた。
だが無理もない。真琴は生まれてこの方、ずっと雪神島の老人たちに囲まれて育ってきたのだ。
同い年ぐらいの子供や、若い男の人とは一度も出会った経験がない。
特に成人男性となると、父の写真以外には教科書に載っているモノクロ写真の偉人しか見たことがないぐらいだ。
しかし、もうすぐやってくる「テレビの人」が、かの福沢諭吉やウィンストン・チャーチルのような姿をしている……なんて想像は一切できなくて、時間と共に真琴の頭のイメージは、島の老人達の姿からゲームのデコボコ人間の姿へとシフトしていった。
「どうしよう、どうしよう……何を話せばいいのかな?」
ふと不安と戸惑いの言葉が口から漏れる。
母の文子から聞かされているのは「今日はテレビの人が来てマコのお話を聞きに来るからね」という事だけだ。
他に色々聞きだそうとしても、「お母さんにも分からないのよ」といつものように相手にしてくれなかった。
あれこれ悩んでいると、玄関から人の入ってくる気配がした。
いよいよ知らない人がこの部屋にやってくると思うと、真琴は胸が高鳴って恐怖と恥ずかしさで居てもたってもいられなくなり、布団をガバッと被りこむ。
その姿は、まるで閉じた二枚貝のようであった。
◇ ◇ ◇
「いいですねー、このレトロな雰囲気。どこか懐かしい昭和の時代を思い出しそうです。あ、僕はまだ生まれてませんけどね」
相羽が御堂家の玄関を取材する。
ボロボロだった建物の外観と比較して、意外にも屋内はそこそこ綺麗で、どこかしら気品のようなものが感じられた。
余談ではあるが、昔の民家には、今では手に入らない貴重な木材が使われている事も多く、そういった民家を建物を解体すると、廃棄物の中に再利用可能な高級木材が含まれていることもあり、そうした高級木材は、現代ではかなりの値段で取引されていたりする。
そして、この御堂家の古すぎる建物には、それら珍しい高級木材がふんだんに使われていて、解体すればかなりの額になるのだが、その事については誰も知らない……。
「では失礼して奥へ進みたいと思います。真琴ちゃんのお母様の方はカメラ完全NGということで、画面には一切映ってはおりませんが、我々のすぐ傍にいらっしゃいます」
玄関からリビングを通り過ぎて奥へと進むと、相羽達は真琴の部屋の前に案内された。
真琴の部屋のドアは、ドアノブを含めてすべて木製。
そしてそのドアの上の辺りには、小さなひし形の曇りガラスが埋め込まれていて、昔の建物にしてはここだけ小洒落ている。
……だが、少し様子がおかしい。
「ここが真琴ちゃんのお部屋ですか?」
妙な違和感を覚えた相羽が、真琴の母の文子に問うと、文子は無言で頷いた。
相羽がもう一度ドアを見ると、なんとなしに違和感の原因が分かった気がした。
それは、ひし形の曇りガラスの奥が真っ暗で、部屋にいるであろう真琴の気配が、全く感じられなかったのだ。
(疲れて眠っているのだろうか……)
そう思う相羽に、画面外にいる文子が「どうぞ入ってください」とジェスチャーで促すので、相羽は文子に向かって無言で頷くと、木製のドアノブにそっと触れて、静かにドアを開ける。
カチャリ……。
ドアノブを捩じると、ドアを開ける静かな音が部屋に響いたが、相羽はそのままゆっくりとドアを開ける。
すると、部屋の中は真っ暗で、開けたドアから差し込むわずかな環境光が、うっすらと真琴の部屋を照らした。
「電気がついていないようですが、大丈夫でしょうか?」
相羽が小声でそう言うと、文子が真琴の部屋の入口にある照明のスイッチを押した。
すると、今にも消えてしまいそうな蛍光灯が部屋全体をチリチリと照らし出すと、8畳ほどの広さの部屋の片隅に、古い木製のベッドが置いてあるのがはっきりと見えた。
そしてそのベッドの上には、餃子のように包まれた不自然な布団が乗っかっていた。
母の文子がカメラの後ろで、布団の塊をツンツンと指さすと、それを確認した相羽がそっと真琴のベッドに近づく。
「こんにちは、真琴ちゃん」
相羽がやさしく真琴が潜り込んでいるであろう布団に話しかける。
しかし、布団の塊がほんの少しモゾッと動いた以外には、特に何の反応もなかった。
だがこの状況は、取材前に母の文子から聞いた通りだったので、相羽は焦ることなく真琴に話しかけ続けた。
「そのままでいいから聞いてね、真琴ちゃん。今日、僕はね、遠いところから真琴ちゃんとお話にきました。もしよかったら僕に真琴ちゃんのお話を聞かせてくれないかな?」
「………………お話し……ですか?」
布団の中から、真琴の可愛らしい声が返ってきた。
「うん。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? だからちょっと布団から出てきてくれないかな?」
しかし、相羽の言葉に対し、真琴の返答はなかった。
(やはりダメか……)
以前、相羽はとある病の患者さんに取材したことがあった。
その患者さんは、病気によって容姿が醜く崩れ、外見に強いコンプレックスをもっていたが故に、人前に姿を晒すのも、家から外出する事も極度に拒絶するような人だった。
今回の少女の件を最初に山田ディレクターから聞いたときは、相羽はすぐにその患者さんと同じケースかもしれない、と思った。
が、しかし。
相羽の予想に反して、真琴は布団の中からゆっくりと出てきたのであった……。




