Page.2 星への思い
2049年4月。
真琴は島でたった一人の中学生となった。
雪神島にあった中学校は、小学校が廃校になるより前にすでに廃校となっていたため、かつての島の子供達は小学校を卒業すると本州で寮住まいをして中学校に通学していた。
しかし、真琴の家は相変わらず貧しく、仮に真琴が健康であったとしても真琴を都内の学生寮に住まわせるほどの経済的余裕はなかった。
真琴は書類上では都内の中学校に在籍している事にはなっているのだが、生徒名簿に名前があるだけで、中学校への登校は諦めざるを得なかった。
中学生になって以降の真琴は、都(=東京都)にも存在を忘れられたかのように、今度こそ完全放置状態となっていた。
真琴の家には、生前父が買い集めたあらゆるジャンルの本があったので、いつものように暗い部屋の中で小難しい本ばかり読むか眠るだけの日々が続いていた。
同年8月。夏真っ盛りの頃。
ある日、真琴は亡き父の部屋でいつものように本を漁っていると、本棚の奥から古いゲーム雑誌の切り抜きの束を見つけた。
真琴がそれまで読んできた本の殆どは文字だらけのお難い本ばかりであったが、目の前に散らばっているゲーム雑誌の切り抜きには、ファンタジックな衣装を着た可愛いキャラクターや、恐ろしいゾンビやドラゴンといったモンスターのイメージイラスト、それと一緒によく分からない幾何学的とも言えそうな四角形の集合体で描かれたゲーム画面が掲載されている。
現代人にとってみれば、それらのゲームやキャラクターはどれも古臭く、まるで戦前のモノクロ写真を見る感覚とそう変わらない。
しかし、真琴にはそうは映らなかった。
切り抜きにあるゲーム画面の1つ1つが、言い表せないほどの輝きを放ち、何故かは分からないが、真琴にとってはとにかく衝撃的であった。
真琴は、ゲームというものがどういうものかよく分からないものの、連日連夜、その雑誌の切り抜きを、端から端まで嘗めるように読んだ。
◇ ◇ ◇
「こんなヘンなのが、ぐわわーってなるの?」
真琴が指差す雑誌の切り抜きには、デコボコのドットキャラで構成されたゲーム画面が何枚も掲載されていた。
「そうじゃよ、その絵の中でピョンピョンとソイツが動きまわるんじゃよ」
「なにそれ? 絵が動く訳ないじゃない! それに動くって言うならさ、こうやって……こっちの絵の上にこの絵をサッと乗せるとね、ほらっ! 見て見て! 動いてるみたいに見えるんだよ! これは脳が視覚的な情報を錯覚して……」
そう言いながら真琴は、パラパラ漫画の要領でゲーム画面の写真の上に似た状態のゲーム画面の写真を重ねたり離したりする。
「ほほう、こりゃぁ……すごいのう」
雪神島の老人の一人、源三郎は、当然そんな事を知りつつも、あえて無知を装って驚いて見せる。
「でも見てほら! 1つ1つの絵そのものは全然動いてないよね? 絵が動くっていうならさ、せめてボクみたいに説得力ある説明しなきゃ!」
「いや、じゃから、その絵そのものが本当にぴょこぴょこ動くんじゃて……」
「はいはい! でもそんな事より源じい、この絵ってなんか凄くない? だって、こんな綺麗な絵、1枚描くだけでも大変そうなのに、それがこんなにもいっぱいあるんだよ!」
キラキラした目で真琴は無邪気に語る。
「じゃのう、絵を描く人は大変じゃて」
「だよね! でもさ、なんでわざわざデコボコに描くんだろうね?」
「そりゃぁ絵画でいうキュビズムの親戚みたいなもんじゃろて」
「ふーん……変わった画風なんだねー」
◇ ◇ ◇
翌日。
齢93歳の源三郎は、先日真琴が自慢げに解説していた雑誌の切り抜きの事を思い出していた。
いつになく目をキラキラと輝かせて嬉しそうにゲーム雑誌を自慢していた真琴。
その様子は精神的に早熟な傾向にある現代の女子中学生とは思えないほど純粋で幼稚に見えたが、それでも源三郎は真琴のことを自分の孫のように可愛く愛おしく思えた。
しかし、真琴にいくら「絵が動く」と口で語っても、なまじ古臭い知恵のついた真琴が易々と信じるとは思えなかった。
そこで、源三郎は一計を案じることにした。
この日、源三郎は長年放置されていた雪神島のとある空き家へと向かっていた。
鍵もかかっていない空き家のガタついた玄関の戸をやや乱暴にガラララッ! と開け放つと、源三郎は土足のまま屋内にズカズカと入りこむ。
床板は腐り、畳からは雑草が生え、室内のあらゆる場所に蜘蛛の巣が張り巡らされているが、源三郎は気にする事なく奥のリビングへと向かった。
リビングの戸棚をそっと開けると、戸棚の中から綺麗に保管された大きめの箱をそっと取りだす。
「与五郎よ、ちょいとこいつを借りるぞ……」
そう言うと、源三郎は両手を合わせて戸棚を拝むと、箱を抱えて空き家を後にした。
ちなみに、源三郎の言う与五郎なる人物は、十年前に病に倒れて亡くなっており、既にこの世には居ない……。
空き家から戻ると、源三郎は早速綺麗な箱を開ける。
すると中には古いゲーム機一式と、1本のゲームソフトが入っていた。
源三郎は慣れた手つきでゲーム機を分解して内部まで綺麗に掃除すると、分解したゲーム機を元通りに組みなおす。
そして、昔を懐かしんだのか、源三郎は久々にテレビゲームに興じたのだった。
◇ ◇ ◇
盆も過ぎた八月下旬。
真琴の部屋にはまた源三郎が押しかけていた。
「源じぃ、何してるの? 家に来るなりヘンな置物を弄りだしたりしてさ」
源三郎はベッドの上で座る真琴の前で、苦労して持ってきたレトロテレビを弄り始める。
「そいつは見てのお楽しみじゃて!」
「ねね、このヘンテコな機械は何?」
「ヒミツじゃよ」
「いじわる!」
源三郎はそう答えると、真琴が生まれた頃から置物状態になっていた古いテレビの裏側に潜り込み、慣れた手つきでゲーム機とテレビを接続する。
その様子を、真琴はベッドの上で不思議そうに見つめ続ける。
「RF端子は削るのが面倒くさいのう……」
「ふぅん……」
テレビの裏でガチャガチャと何かを弄り続けること数分。
「……よし、できたぞい」
「源じい、これ何なの?」
「真琴の大好きな『ゲーム』じゃよ、ほれ、電源ONじゃ」
「……?」
源三郎は新品同様のピカピカのゲーム機とテレビのコンセントを接続すると、レトロなゲーム機のスイッチを入れ、そしてテレビの前面のガチャガチャみたいなダイヤル式チャンネルを、文字通りガチャガチャ回した。
この古めかしいレトロなテレビにはリモコンなんてものは無い。
このテレビは実に80~90年ほど昔に出回った初期のカラーテレビで、画面の横の取っ手のような丸いダイヤルをガチャガチャと回してチャンネルを切り替えるタイプだ。
ぶっちゃけここまで来ると、テレビというよりもはや骨董品に近い。
しかもそれが、保存状態が極めて良くて今でもちゃんと稼働するとなると、逆にコレクターの間では高値がつくのだが、雪神島の島民は真琴を含めて誰1人としてその価値には気づいてはいなかった。
そんな希少なレトロなテレビのチャンネルを、源三郎がガチャガチャと回し続けると、ゲームの画面がパッと鮮やかに映った。
「わわっ! ……ねぇ源じい、これって……」
「『ファミコム』じゃよ。最新のゲーム機じゃ!」
「えええーーー!?」
真琴はベットから飛び出すと、テレビに顔を近づけて食い入るように見つめた。
ちなみに『ファミコム』は最新ゲーム機ではなく、コンピューターゲームの黎明期に登場したレトロなゲーム機だ。
「何これ動いてるよっ!! 絵が、絵が本当に動いてるし、それになんかおかしな音も聞こえるよ!?」
真琴は恐る恐るテレビの画面をツンツンと触ってみたものの、ぴょんぴょん動くキャラを押さえつけようとしても、ガラスに阻まれ、捕まえることができず、どういう原理でこのような現象が起きているのか全く理解できなかった。
「当然じゃ! なんせ最新の機械じゃからな!」
「そうなんだ……! 機械ってすごいねー!」
「ほれ言ったろ? ワシは嘘なんかついておらんかったじゃろ?」
「うん、うん! 絵が動くって本当だったんだね!」
元来、源三郎は島一番の嘘つきで有名だった。
と言っても、冗談程度のくだらない嘘ばかりではあるのだが、真琴は源三郎に何度も何度も騙された経験もあってか、ある日、源三郎が「テレビは動く絵が見られる機械じゃよ」とテレビについて大真面目に教えても、真琴は「いくらなんでもその嘘は無いよ」とゲラゲラと大笑いしただけで全く信じようとしなかった。
結局真琴は、今日までずっと、テレビという存在に興味を持つことは無かった。
だが……。
「そしてほれ、このコントローラーを使えばじゃな……」
「あ、歩いた! すごいっ!」
この食いつきようである。
レトロテレビに写っているのは、ファミコムの名作RPGとして名高い『エターナル・スフィアⅢ』だ。
源三郎は真琴にコントローラーを渡す。
「これをこうやって持って、ほれ、ボタンを押せば絵が動くんじゃよ、ほーれ!」
「わっ! 本当だ! うわぁ~なにこれぇ~!! ほらほら歩いてるよ! 源じぃ!」
真琴の視線は、手元のコントローラーとテレビに映る画面とで何度も何度も行き来する。
源三郎は付きっきりで1つ1つ操作方法を丁寧に教える。
「『よ くきた、ゆうしゃ たちよ このくには もう おしまい だ』……だって。そうなの?」
「そうじゃなぁ、さてどうする?」
「あきらめる」
「そうか、じゃあゲームはおしまいじゃな」
「わーーっ! うそうそうそ!! ボク、あきらめないから!」
とまぁ、こんな調子で真琴が操作する「ゆうしゃ」は、ちびちびと画面内の城の中を歩き回り、ひたすら城の住人に話しかけ続けた。
よほどゲームが楽しいのか、城を歩き回って住人と話し続けるだけで1時間が経過した。
すると突然、テレビからビーーっという不気味な音が鳴ったまま画面がピタリと止まって動かなくなってしまった。いわゆるフリーズ状態だ。
「えっ!? えっ!?」
「あー、ゲーム機というのはじゃな、1時間以上遊ぶとこんな風に壊れてしまうんじゃ。なにせ最新のゲーム機じゃからな、長く遊べるようにできておらん」
もちろん、これは源三郎の嘘である。
たまたまカードリッジの接触が悪くなってフリーズしただけだった。
実際、源三郎は自宅で丸一日遊びつくしていたので、耐久テストは実施済みだ。
しかし真琴はそんな事は全くもって知らず、自分のせいで機械が壊れてしまったんだと思うと、涙がポロポロと溢れ出てくるのであった。
「グスッ……。源じぃ、これもう壊れちゃった? もう遊べない?」
「いやいや、機械も疲れたのじゃろう。明日まで休憩したら元に戻ってまた遊べるようになるから心配せんでええ」
「そ、そっかぁ、よかったぁ~」
子供のように、ホッと胸を撫でおろす真琴。
「じゃから、ゲームは1日1時間だけじゃ」
「う、うん!」
「よしよし、いい子じゃな……今日はもうおしまいじゃ」
こうして、読書一辺倒だった真琴の生活サイクルの中に、1日1時間のピコピコとゲームで遊ぶ時間が加わる。
真琴の家を出て源三郎は呟く。
「わしも若い頃は星の騎士じゃったな……」




