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Page.12  こんな問題も解けないなんて!


「あっれー? 切れちったよー」


 都内のワンルームマンションでタブレット片手に真琴の中継を見ていたうだつの上がらない女が(つぶや)く。

 女は散らかった部屋の隅にあるベッドから身を起こし、冷蔵庫から5本目の缶ビールを取り出すと、プシュッと(ふた)を開け勢いよく(のど)に流し込む。


「それにしても、相変わらずだったなぁ、マコちゃんは。ちっとも変わってないわー」


 アルコールが回っているせいか、少々虚ろな目をしているこの女は、かつて雪神島の真琴の元に小学校教諭として赴任した八重樫(やえがし) 留美(るみ)であった。

 真琴が小学生の間の6年間、留美はずっと真琴に付きっ切りだったので、真琴の事は誰よりもよく知っていると自負する。


「それに比べてあたしときたらぁー! クリスマス・イヴだってのに男も作らず、毎日毎日お酒飲んで、ネットゲームして、気づけばもう三十路突入よ? ヤバくない?」


 雪神島(ゆきがみじま)から本土に戻った留美は都内の小学校で教師を続けているが、さすがに真琴との6年もの付き合いは長かったようで、受け持っている児童達と真琴をどうしても比べてしまうのであった。

 今の教え子達も十分に可愛いが、やはり物覚えも理解力も真琴には遠く及ばないこともあり、要領を得ない児童達を歯がゆく思っている。

 都内に戻った初年度などは、留美のペースの速さと内容に付いていける子供達が一人もいなかったので、逆にショックを受けたほどだった。


「あ゛~~! マコちゃんに会いに行きたいなぁ! けど遠すぎだし、島行きの船がどうしようもないのよねぇー……って、アレ? そいやあたしって、どうやってあの島に行ったんだっけ? うへへへー! ま、いいや。気分もイイし、飲もう! 飲もう!」


 缶ビールに口を当てながらタブレットを覗き込む留美。


「んー? なになに? 機材トラブルが発生したので本日の実況は終了します……だぁ? アホかーーー!!! ちょっと!! あたしのマコちゃんを出しなさいよぉ!! このポンコツ無能運営ぃぃぃぃー!!」


 タブレットに、真琴の中継があのまま終了した旨を告知する画面が映っているのを見た留美は発狂する。


「ま、いいわ。あの子たぶんゲームでもあんな調子だろうから、どうせすぐに噂になるっしょ。さあーってと! レベル上げの続き続きーっと♪」


 留美は酔った勢いでHMDヘッド・マウント・ディスプレイを装着すると、ベッドに寝転がって、エターナル・スフィア・オンライン2を再開するのであった……。



「待てよー? コモドラ王国かー。よーし! かなり遠いけど騎乗スキルを手に入れたとこだし、ちょっと行ってみようかなー?」




   ◇   ◇   ◇




 放送翌日の12月25日土曜日。

 (エターナル)(スフィア)(オンライン)2のコモドラ王国に、「マコト」という名前の女リザーダンが現れた。

 すると早速、本物の真琴を目当てに舌を長くして待ち構えていたリザーダンの新人冒険者(プレイヤー)や、他の国々から噂を聞きつけて駆けつけてきた様々な種族の冒険者達が集まり始め、過疎気味だった巖都(がんと)ガレグギアはサービス開始以来の大賑わい。

 

 その首都ガレグギアの中心地にある「剣闘士広場」では、冒険者(プレイヤー)の群れがワラワラとドーナツ状に集まり、人はどんどん増える一方だ。


「えっと……。ボク、どうしたらいいのかな?」


 その数えきれないほどの人々に囲まれているのは、Lv1の女リザーダン。

 その姿はキャラメイクで初期設定状態のままで、頭上には「マコト」と書かれた白い文字が浮かんでいる。言うまでもなくこの文字はキャラ名を示している。


「マコトちゃん、俺とパーティ組まない?」

「いや、俺と行こう、いい装備を買ってあげるよ」

「こやつらは皆、怪しき(そうろう)(ゆえ)、拙者と同行するが宜しかろう……」


 ログインしてからおよそ30分。

 引く手数多のこの状況に、ただただ戸惑い続けるマコト。

 どこを見てもお祭り騒ぎ。勧誘するプレイヤーを他所に、意味もなく騒いだり踊ったりしている群衆もちらほらいる有様。


「皆、少し待て!」


 そんなカオスな状況下で、凛々しく通ったイケメンボイスが「剣闘士広場」に響き渡る。

 前線ではマコトを巡って喧嘩が勃発しそうなほどピリピリした状況だったが、インテリメガネをかけたイケメンのエルフィンの一声に、その険悪なムードは一変した。

 そして、イケメンのエルフィンはマコトの前に立ちはだかる。


「なんだ? てめぇ!」

「てめぇもマコトちゃん狙いか!」

「いや、その気は無いので安心したまえ。だがマコト君、君にはいくつか訊きたい事があるのだが、少しいいだろうか?」

「は、はい……」


 ただでさえマコトは大衆に囲まれて(おび)え切っているのに、その上変な耳長に絡まれたマコトは、何を訊かれるのかと身体をビクビクと震わせている。

 我先に勧誘していたリザーダン達も、突然のイケメンエルフィンの登場に一時休戦状態となった。


「何、そんなに怯えなくてもいい。簡単なクイズだよマコト君。そう、キミが得意な『お勉強』のね」

「!?」


 イケメンエルフィンの一言に、大衆は一気に静かになった。

 勘のいい一部の冒険者(プレイヤー)は、この時点でイケメンエルフィンの真意に気付く。


「では早速、第一問だ。人類史上、世界一周を最初に成し遂げた人物は?」

「えっ、えーっと、マゼラン? ……です」


「おおーっ!」


 さすがだと言わんばかりに、真琴を取り巻いている群衆が騒く。

 一方、問題を出題したイケメンエルフィンの方はというと、マコトの答えにあからさまに顔つきが険しくなった。

 世界一周したのはマゼランではなくマゼランが率いた艦隊であり、マゼラン自身は航海途中、フィリピンで戦死した為、世界一周は成し遂げていない。

 そして、実際に世界周航を成したのは、生き残ったエルカノら18人である。

 だがさらに言うならば、人類で世界周航を一番最初に成したのはエルカノらでもなく、マレー語圏から奴隷として連れてこられたエンリケが一番だという説もある。

 その説の真偽はともかく、少なくとも本物の真琴であればここまできちんと答えるはずなのだ。

 それ以前に、そもそも真琴の場合、この手の問題に解答する場合は一般的な名称であるマゼランとは言わずに、「フェルナンド・デ・マガリャネス」と答えるはずなのだ。


(こいつもか……)

 

 イケメンエルフィンの表情が険しくなる。

 それは、何かしらの確信を得たような雰囲気を漂わせていた。


「ふん……。では次の問題だ。原子番号6番の原子は?」

「え、えーっと……。あの……」


 論外である。

 本物の真琴ならば元素記号どころか、聞かれもしない原子量までスラスラと答える。

 従って、真琴がこの程度の問題で言葉に詰まるなど、絶対にあり得ない。


「時間切れだ。……次の問題。7角形の内角の和は?」


 もはや真琴に出題するのが恥ずかしいレベルの問題である。


「えっ……内角って? えと、えーっと……」

「遅い。また時間切れだ」


 本物の真琴ならば、素人が電卓のボタンを押す前に回答が飛んでくる問題である。1秒ですら遅い。


「もしかして、こいつ偽物か!?」


 不甲斐ない「マコト」に群衆が騒めき始める。


「皆もそろそろ気づいたであろう。このマコトは偽物だ。このように幼稚園児にも解ける問題にすら即答出来ない。要するに成りすましだ。本物のマコト君であるはずがない!」


 イケメンエルフィンの言葉に、更にざわつく大衆。


「いや、さすがに幼稚園児じゃ無理だろ」

「そ、そうか……?」


 群衆から聞こえてきたツッコミに狼狽(うろた)えるイケメンエルフィン。

 表情はクール気取ってはいるものの、言葉を盛りすぎたか、と内心焦る。

 しかし、大衆はイケメンエルフィンのそんな焦りに気付くこともなく、皆一様に疑念の目で自称・マコトを責めるように見つめ始めた。


 詰問されるかのような厳しい視線で大衆から見つめられた「マコト」はぶるぶると震えだすと、


「す、すいまえんでしたーーーーーー!」


 と、突然大声を張り上げて土下座をしながら、ものすごい勢いでログアウトしてしまった……。


「くっ……!」


 本物の真琴なら絶対に言いそうにない絶叫に、思わず怯むイケメンのエルフィン。

 その叫び声もまた、本物の真琴と同じ声色だったから余計に性質が悪い。


 ちなみに、ESO2ではオプション料金を支払えば、キャラの声を好きなように変えることができるので、今回のように本物の真琴に成りすますことは決して難しくない。

 逆に言えば、リアルと同じ声だからという理由だけでは個人を特定することは不可能という理由付けにもなる。


「おいおい、偽物だったのかよww」

「まぁ、そうだろうなとは思ったわ」


 さっきまで必死にマコトを競うように勧誘していた2人のリザーダンが話し始める。


「とか言いつつ、偽物相手に必死に勧誘して、お前だっさww」

「お前が言うな! 今回は騙されたが真琴ちゃんの親衛隊は絶対作るからな! 覚えとけ!」

「親衛隊ww ザッコww」

「んだと? そういうお前は強いんだよな?」

「当然www なんだったら勝負するか?」

「おう! じゃあ今から狩り行くぞ。どっちがダメージ多く与えられるか勝負な」

「勝負とかダッサww つーかその槍だっさww もう俺の勝ちは確定的に明らかだわww」


 互いに煽りながら、赤い鱗のリザーダンと緑色の鱗のリザーダンが仲良く剣闘士広場から去っていった……。


 その様子を見ていたイケメンエルフィンは、はぁ~と大きなため息を吐いた。


「まぁ、なんつーか、こんな事だろーと思ったわ。なんか一気に白けたし、今日はもうログアウトして飲みなお……」

「あの~」


イケメンエルフィンがログアウトしようとすると、身長60cmぐらいのリビィ(小人族)の女の子が話しかけてきたのであった。


「お兄さんカッコよかったですっ! もしよかったら……あたしとパーティ、組みませんか?」

「へ……?」




   ◇   ◇   ◇




 年が明けた2050年1月31日。月曜日。

 真琴の放送が終わってから、はや1か月が過ぎた……。


 プレイヤー達はそれぞれ冒険者生活を満喫し、広大なスフィアの世界を開拓中だ。

 未踏の地には歯が立ちそうにないモンスターが跋扈(ばっこ)しており、世界の全貌は謎に包まれている……。



 真琴のネット配信の翌日以降も、真琴を自称する女リザーダンがコモドラ王国に何人も出没したが、その噂が出回る度にどこからともなく高学歴らしき謎のイケメンエルフィンが現れ、真琴を自称するプレイヤーにいくつか難問(?)を出題しては偽物認定するという、お決まりのパターンが、儀式のように繰り返された。

 この真琴の真偽を確かめる手法はたちまちスフィア各地に広がり、リザーダンのみならず、すべての種族において真琴を自称する成りすまし冒険者には問答無用で難題が出題されるという事態となった。


 そしてひと月経った今となっては、雪神島の真琴を自称するプレイヤーはついに居なくなった。

 しかし同時に、本物の真琴が本当にこのゲームをプレイしているのかすら怪しい、という見解が広まり始めていた……。



 で、当の真琴はと言うと……。



………

……



「やったーーーー!」


 レトロテレビの前にちょこんと座り、バンザイをしながらキャーキャーと喜んでいた。

 テレビの画面にはラスボス「まっくらやみの蜘蛛」がゴゴゴゴ……と崩れていく様子が映し出されている。

 その様子を真琴は瞬きもせずに真剣にじーっと見つめていた……。


 そう。真琴は例の放送が終わってから一か月間、ファミコムの方のエターナル・スフィア3の続きを黙々とプレイしていたのであった。

 途中、HMDを装着しては、新しい方のゲームを始めたいという誘惑に何度も駆られたが、(ファミコム内で)共に戦ってきた仲間達と世界(スフィア)を途中で見捨てる訳にもいかず、これまた何度も何度も全滅しながら、本日ようやく自力でクリアしたのであった。


 画面が切り替わり、レトロテレビにはエンディングシーンが映し出される。


『おわったな だが これからが たいへんだ』

『わたしたちは もういちど くに を たてなおさないと いけません』

『フッ… おれは また ひとりたびに いくと するか…』

『おまえは どうする?』


「やだ……。ボクもみんなと一緒がいい!」


 さっきまでキャーキャー喜んでいた真琴とは一転し、テレビに向かって必死に叫ぶ。

 だが、真琴の意思とは関係なくエンディングシーンは容赦なく続く。


『そうか… やはり おまえは つぎの スフィアを めざすのか…』


「そ、そんな事言ってないもん!」


『ならば… その ひかりの もん に とびこむがいい!』

『やはり でんせつは くりかえされるもの なのですね…』

『おお! なんという ことだ!

 われらは あらたな でんせつを まのあたりに しておるのか』

『フン! さっさと いけよ! お オイラは べつに とめねーからな!』

『わたしたちの ことなら しんぱい しないで!』

『こねこの ミーちゃんのこと ちゃんと おせわするからね!』

『さぁ ゆくがよい! けして ふりかえるでないぞ!

 スフィアのきし よ!』


 レトロテレビに映る「スフィアのきし」はコクリとうなずくと、仲間たちに見守られながら勢いよく光の門に飛び込む。

 そして光の門はギギギと音を立てて閉じた。


「……どうして行っちゃったの? みんないるんだよ?」


 真琴は瞳をぐっしょりと濡らして、必死に涙をこらえていた……。



 かのものは えらばれし スフィアの きし

 せかいを わたり せかいを すくう

 その でんせつは これからも つづく…



 レトロテレビの画面には、それぞれの仲間キャラのエピローグシーンと共に、スタッフロールが流れていた。

 真琴は、溢れる涙を服の袖で(ぬぐ)うと、フラフラとベッドに倒れこんで泣き続けるのであった。




   ◇   ◇   ◇




「そうだ……。行かなきゃ……」


 翌2月1日。火曜日。

 真琴のその一言は決意に満ちていた。それはまるで戦場に(おもむ)く兵士のよう。


「ボクは、《スフィアのきし》だからね」


 新しい世界がどんな場所か分からないけれど、《仲間達》の思いを胸に抱きながら、真琴はいつもの暗い自室でHMDをそっと装着した。


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