4 アクアツアー
猫の姿を模した小型バス。十人乗ればいっぱいになるそれに乗ったのは私と女性だけだった。
大きな帽子を目深にかぶった小柄な運転手さんが「出発進行」と告げる。
バスはゆっくりと進んでいる。
人と人の間をゆっくりと。
隙間を歪みこじ開けて進んでいく。
停まる事なく、バスは夜の闇を走る。
やがてヘッドライトに人影が映らなくなった。
「裏野ドリームランドには不思議な噂が幾つかあるの」
「……不思議な噂?」
「そう。その中の一つにこういうお話があるわ。裏野ドリームランドのどこかには、永遠に楽しい世界に繋がっている扉があるの」
「それって不思議の国?」
「そうね。時々そこから不思議の国の住人が裏野ドリームランドに遊びに来たり、逆に子供たちが不思議の国に渡ってしまったり。そうして子供たちは姿を消して帰ってこない。そういうウワサ」
「……まさか、そんな事」
「それは本当なのよ。今から行くのはその扉がある場所」
バスが停まって運転手さんが到着を告げる。
「『アクアツアー』前です。お降りの際はお忘れ物がございませんように」
「降りましょう。……でも、降りなくてもいいわ。乗っていればもう一度パレードに戻るから」
「降ります」
飛び出すように私はバスから降りた。
目の前にあるのは、人気アトラクションの一つ『アクアツアー』。
ここでは二種類のツアーが楽しめる。
一つはボートに乗って川下りのように探検する密林ツアー。鰐や怪獣が現れたり、滝から滑り落ちるダイナミックなルートが大人気だ。
もう一つは、アトラクション地下に作られた秘密の水中神殿をトロッコで巡る財宝探しツアー。上に登場する怪獣や、財宝を守る骸骨、そして魚人間が登場する。トロッコで水面を切るように突っ走る水浸し必至のアトラクション。
この二つのアトラクションが上と下で並行する造りになっている。
「こっちよ」
指差されたのは財宝探しツアー側の入り口。
入り口にはアクアツアーのマスコットであるギルマンくんが立っている。
アクアツアーの人気キャラである魚人間を二頭身にしたデザインだ。魚というか蛙というか、ちょっと不思議な姿。
「パスポートハ持ッテル?」
「え、あ、ええと。……ちょっと待って」
ポケットを探るが、パスポートが出てこない。
……いつの間に無くしてしまったんだろう? あの子を探して走っていた時に落としたのだろうか?
しかし、ギルマンくんは私を見て「ゴメンゴメン。無期限パスポートダネ。ドーゾドーゾ」と言うと姿を消してしまった。
「……どういう事なの?」
「当然よ。貴女は銀河の果てにだって行ける切符を持っているのだから。さあ行きましょう」
「……トロッコには乗らないの?」
「乗らないわ。秘密の場所だから、トロッコでは行けないの」
洞窟のような外壁を照らす蛍のような微かな明かりを頼りに、私たちはアクアツアーの裏側を歩いた。
岩陰に潜むナニカ。
水槽の向こうに見える巨大な生き物。
不思議な色に濡れた壁と地面。
更に奥へ奥へと進んでいく。
深く、深く降りていく。
地面を歩いているような、壁を歩いているような感覚。
歩いているのか、それとも落ちているのかわからない。
視界がぐるぐると渦巻そうだった。
どれくらい歩いたんだろうか。
やがて苔むした巨大な石造りの建物が姿を現した。
「着いたわ」
「……ここは……」
あまりにも巨大な建造物。さながら崩れたピラミッド。
アクアツアーでも似たような建物を見ることはあるけれど、これは大きさが違う。
まるで地面を支える巨大な柱。
「さあ、前に」
「……う、うん」
大きく開いた入り口。でも、足が震える。
だって、奥から奇妙な唸り声が響いてくる。それは地面を震わせるように低く、しかし質量はこのピラミッドをはるかに超える。
この声の持ち主は、あまりにも巨大過ぎる。本能がそう判断している。