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さくっと。
「シロ、遅くなって悪かったな」
知り合いですよーっとアピールしながら近づくと、
囲んでいた住民達が一斉にこっちを向く。10人近くが一斉に、だ。
うっわ、視線だらけでこっわ。
「あらー、あんたがクロかい?」
「こんな可愛い子を1人で歩かせちゃだめでしょ!」
「そうだぜ、にーちゃんよ!」
「話を聞いてみたら今日ここに送られてきた転身者だっていうじゃないか。それに、ご飯も食べさせてないなんてあり得ないわぁ」
案の定一斉に話し掛けてきやがった!
シロ、関わりたくないって目をするな、助けろ!
「皆さんちょっと落ち着きましょう。彼はシロちゃんのご家族で、保護者の方にこの街で過ごす許可を取りに行っていたと言っていました。でしたよね?」
ああ、この女性の中身はGMだな?確か街中ではシロの周りで見守ってくれてると言ってたっけ。事情に詳しすぎるのがその証拠だ。でも頭上のカーソルは青だからNPCと同じなんだよな。
「はい。無事に許しを貰えたので、今日からこの街を拠点にしたクロです。シロと2人、これからよろしくお願いします」
シロの横に立って、キチンと挨拶をしておく。
こういうのは第一印象が大事だからな!
あらまぁご丁寧に、などと柔らかな反応をもらえたから、どうやら怪しい奴という印象は払拭されたみたいだ。こういう反応もすごく自然で、この中で誰が住民で誰がGMかと言われると、正直迷うくらいだ。よくここまでやったもんだ。
俺は挨拶から会話を続けてるが、シロは構わす何か食ってる。
見た目は焼き鳥っぽいが、何の肉だ?
「シロ、ここで食い物買い漁ってたのか?」
「違う。もらった」
「シロちゃんお腹空かせてたから、あたし達があげたんだよぉ」
「え!?すみません。シロ、お礼言ったか?」
「ん」
……こいつ、言ってないな?
「いいんだよ、あたしらがしつこく構っちゃったからお詫びにってあげたんだ。美味しそうに食べてくれるから客寄せにもなってくれてるのさ」
恰幅のいいおばちゃんが俺の背中を叩いて横の屋台を指差す。そこには賑やかな列の出来た串焼き屋台が見える。中にはおっちゃんが1人でひーひー言いながら焼いては客に手渡している。
あれ、手伝わなくていいの?おばちゃんそこの屋台の人なんだよね?
あ、おっちゃんと目が合った。泣きそうな顔してる……
「ほら、美味しかったんだろ?ちゃんとありがとうって言おうな」
「……ありがとう。美味しかったわ」
「ほんっとシロちゃん可愛いわぁ。何か困ったことがあったらすぐにあたしらの所に来るんだよ!お兄ちゃんもシロちゃんほっぽといてどっか行っちゃだめだよ!」
そう言っておばちゃん達は自分の店や家に帰って行った。ただ1人、さっき俺を庇ってくれた町娘な服装をした女性はこの場に残っていた。
「さて、落ち着きましたのでお話をさせて頂きます。クロさんの御想像通り、私はこの街の住民としても過ごしているGMのハウトです」
「やっぱりですか。ハウトさん、さっきは助かりました」
「いえいえ〜。元々クロさんとシロさんにご用がありまして、お2人にはこれから星導教会へ行ってチュートリアルを受けて頂きたいのですよ」
「2人ともですか?でもシロはどうなるか……」
まだ文字も読めないしましてやゲームなんて初めてだ。
チュートリアルがどういうものかも理解しきれないかもしれないし。
「ええ。ですので、今回は特別にお2人同時に同じ場所でチュートリアルを受けて頂き、クロさんにはシロさんのサポートをして頂きたいのです」
「ああ、一緒にいられるなら俺がフォロー出来るって事か!そんな事出来るんですね」
「普段は出来ません。今回は特別ですので、これも他言無用でお願い致します。それに、本来はキャラクリエイト時に説明させて頂くスキル等も何も受けておりませんから、それらも同時に行う予定になっております」
俺もチュートリアルは受けたかったし、シロにも受けさせたかったから丁度いいな。受け終わった後は称号と装備とお金を貰えるって情報あったから早いうちに受けたかったんだよなぁ。
「シロ、それ食べ終わったら遊びに行くぞ!」
「ん」
ぺろぺろと手に付いたタレを舐めて答える。そのまま串を投げ捨てようとしたので、慌てて屋台横のゴミ箱を教えて捨てさせた。こういうマナーも覚えさせなきゃなのか……先は長そうだ。
「それでは移動しましょう。通常の方もチュートリアルを後から受ける場合には、教会に100イェンの寄付を頂いて行っております。クロさんとシロさんは特例ですので、寄付は必要ありませんし特殊なサーバーにて行わせて頂きます」
その星導教会へと歩きながらハウトさんが説明してくれる。そして5分も歩けば、新しくもないが掃除の行き届いた綺麗な教会に到着した。地図を見ると場所は街のど真ん中。十字架はないが六角形の星があり、西洋の教会っぽい建築がベタで分かりやすい。
「ありがたいですけど、まったくなしってのは気が引けますね。よしシロ、お金を5イェン、5個をここに入れるって思って触れてみてくれ」
「ん?……ん。できた」
チャリンと小さな音がした。無事に出来たようだ。
俺も続いて5イェンを受付の寄付箱に手を添えて済ませる。
たまにグンジョウと神社や寺に御朱印を貰いに遠出してた身としては、
何もなく恩恵を受けるってのは気が引けるから自己満足ってやつだ。
「お若いのにご丁寧にありがとうございます。今日から転身者の方が大勢降り立ったそうですが、こうして祈りを捧げて下さる方はそう多くありませんので嬉しいですわ」
寄付箱前の修道女さんに丁寧にお辞儀をされて、
ここは社会人として”いえいえ”と軽く流しておく。
「よろしければ時々で構いませんので、また祈りにいらしてくださいね」
「あ、はい。是非!」
決して服越しでもわかるでっかい胸に惑わされそうになったわけではない。
お辞儀した時の揺れを凝視していたのを誤魔化したわけではないのだ!
痛い!シロ、痛いから腕を引っ掻くのはやめなさい!
そういや痛覚設定も変えてなかったな。1%から50%まで設定できるらしいが、デフォは5%だったはず。それにしてはかなり痛かったぞ?数値は良く考えて決めた方がいいかもしれないな。
「では、こちらの部屋がチュートリアルの間となりますので、ここから先はお2人でお進みください。いってらっしゃいませ」
神父さんに受付脇の通路から奥の部屋へ案内され、その扉をハウトさんが開ける。中には白い壁に囲まれた空間しか見えなかった。
恐る恐る2人で部屋に足を踏み入れた瞬間、ふわっとした軽い浮遊感と光に包まれてチュートリアルを行う場所へと転送されて消えた。
GMの女性はそれを見届け、静かに扉を閉じて待つ。
「シロちゃん可愛いわぁ。早く仲良くなって抱き着きたい!ああもう、あの仕草の1つ1つがもうッ……ハァハァ」
そこには、丁寧に案内するお姉さんの欠片もない人がいるだけだった。
つ、次こそチュートリアルに……