プロローグ2
2話目です。
説明多めです。
「とにかく、シロからヘッドギアを取らないと!確か外部からの緊急停止ボタンがあって長押しすれば大丈夫―――」
……いや、本当に大丈夫なのか?
そもそもこれは人の脳波用に作られた機械だ。強制停止してシロの、
猫の脳に異常は出ないのか?……なんかやばい気がする。
「そうだ!コールセンターに聞いてみよう!えーっと、取説に書いてあったよな。それに有人案内の受付番号はっと」
通常の企業のコールセンターは、こんな夜間では自動案内任せで詳しく話すには日中しかないだろう。だが、初めてのフルダイブ機器なので、BS社はメールは勿論自動案内の他に有人による24時間サポートを設置していた。
「あった!こういう時企業の体制がいいと助かるぜ……よし!」
プルルルル……ピッ
『こちらはBS社カスタマーサービス部コールセンター担当のフジイと申します。どういったご用件でしょうか?』
携帯の向こうから聞こえてくる落ち着いてゆっくりと話す女性オペレーターの声にちょっとどきっとしながら、クロは慌てて返事をした。
「えっと、私は本日御社のBSVRを購入した黒井翔平と言います」
丁寧に話し掛けられたせいか、俺まで社会人モードで返してしまった。
『クロイショウヘイ様ですね、ご丁寧に有り難うございます。早速ですが、ご用件をお伺い致します』
「その……御社のヘッドギアをですね、家の飼い猫が首を突っ込んで起動してしまいまして、どうやらフルダイブに成功してしまったみたいなんです。あ、緑ランプも点灯しています」
『猫……が、ですか?』
「はい、猫です。これ、非常停止を押しても脳にダメージあったりしないですかね?」
『申し訳ございません、その……にゃーと鳴く猫の事ですよね?』
オペレーターのお姉さんがにゃーとか言うの可愛すぎだろ!
……いやそうじゃなくて、早くシロを何とかしないと!
「ええ、その猫です。部屋に放置してたら勝手に起動してしまったらしくて、これ、非常停止しても大丈夫ですか?」
『…………』
「あ、あの?」
『………………ハッ!し、失礼しました。まさかの想定外の出来事に少々取り乱しまして……その、大変申し上げにくいのですが、私共にも猫のフルダイブは前例が御座いませんので、影響がないとは申し上げられかねます。
ただ、このままと言うわけにもまいりませんので、この回線を繋いだまま少々お待ちいただけますか?今すぐに開発部の者に連絡を取ります』
「はい、お願いします!」
『では、お待ちください。あ、一応軽く体に触れてみてはいかがでしょう?触れる事で脳へとその信号を送られますので、その警告に気付けばもしかしたらログアウトを試みるかもしれません。では』
そう言ってオペレーターフジイさんの声がしなくなり、代わりに小さなオルゴールの保留音が流れる。俺はそれを聞きながらベッドへ移動して、静かに横たわるシロの背中を軽く撫でた。
「お前、今何やってるんだ?これに気付いたら、早くログアウトしてくれよ」
背中に手を置いたまま溜息をついて見上げる。
そこにはさっき設置したカメラがあった。
「これも見てるか?おーい、シロー!」
カメラに向かって手を振ってみる。
『僕の名前はシローではないが、返事をした方がいいかな?』
「うわっ!?」
突然手元の携帯から男性の声が聞こえてきて、驚いた拍子に危うく携帯を落としそうになったがセーフ!
『話はフジイから聞いたよ。私は開発部の責任者のタカキだ。しかし猫がフルダイブとは……想像の斜め上を行くトラブルが起きるのだから面白いねまったく』
「いや、面白いとかどうでもいいんで、結局どうなんでしょう?」
『ああそうだね。結論としてはおそらく大丈夫だよ。ただね、折角だからクロイ君にお願いしたい事があるんだ』
「あ、大丈夫なんですね!よかった。で、お願いって何でしょう?」
『その、猫のシロー君だったか?彼、実はキャラメイクは適当に済ませてNFLの世界に降り立ったようだよ。NPCとして社員が接触を図ったがすげなくあしらわれたようだ』
「シローじゃなくてシロです。ついでにメスです……って、ちょっと待ってください!今、NFL内にいるって言いました!?あいつ、ゲームの中でうろちょろしてるんですか!?」
『彼ではなく彼女だったか。うん、そうだよ。それで、お願いっていうのは、彼女にこのままNFLの世界で遊んでもらいたいんだよ』
「シロに、ゲームをさせるんですか?」
『そう。どの道そのヘッドギアは彼女が脳波登録してしまったから、解除するには本社に送ってもらわなければ出来ない。幸いクロイ君は2台購入しているんだよね?それで、君と一緒に行動してもらえばこちらとしてはいいデータが取れると思うんだ。ああ、勿論彼女に少しでも異常があれば止めさせるしケアは保障しよう。どうだろう?』
シロにゲーム、か……もし体に悪影響がないなら、それも面白いか?いやでも、そもそもシロがゲームをしたいと思うかだよなぁ。うん、悩むくらいなら聞けばいい!
「えーっと、条件が2つあります」
『なんだい?可能な限り実現させるよ?先に言っておくと、ゲーム内で有利な武器や能力っていうのは無理だからね』
「そんなゲームをつまらなくするのは要りません。まず1つ目が、私が手に入れたもう1台は、抽選に漏れたゲーム仲間に譲るはずだったんです。なので、1台を確保して頂けるか、です」
『……ふむ。転売で儲けようと言う訳ではないなら問題はないね。すぐに用意は難しいから、1ヶ月後の第2次出荷に合わせて1台を送るのではダメかな?』
「うーん……そう、ですね。それで確保出来るならお願いしたいです。そして2つ目が重要なんですが、シロがゲームを、NFLで遊びたいと確認が取れたら、です」
『そうか、ゲームで遊びたいかの意思確認か……ゲームは遊ぶもの、それを強要するのはよくないね、うん。それは重要だ』
「でも、ゲーム内と言ってもシロと意思疎通は出来るんですか?」
『実は、そこが分からないんだよねぇ。何しろ、向こうの住民のNPCを使って話しかけても無視されてお終いだったそうだ。僕は話してないから詳しく分からないけどね。
そもそも、本来BSVRはヘッドギアを被った者が自身の意思でヘッドギアのスタートボタンを押さないと起動しない仕組みなんだ。技術内容は社外秘だから詳しく話せないけど、システム上人以外の動物実験なんてのも出来なかったんだよ。同意なしでは起動しないって言う実験はしたんだけど、今回の件は彼女に直接聞いて欲しい』
「そうですか……」
『だから、クロイ君に確認してもらいたいんだよ。NFLの起動時に案内するNPCとは多少会話をしたと聞いているから、きっと君になら彼女も答えてくれると思うんだ。頼めるかい?』
「言葉は通じるんですね!で、今シロは無事なんですよね?」
『うん。GMがNPC(無人AIキャラ)…いや、住民と呼ぼう。彼らと協力して、それとなく彼女に近づく人を避ける様に誘導しているからね』
「え?そんなことしてるんですか?」
NFLはBS社にとって初めてのフルダイブVRMMORPGなので、不具合がないかたまに住民(NPC)のフリをして見回っていると公言している。それに、プレイヤーだけでなくAIで動くNPCも成長するし様々な感情を持たせているので、心無いプレイヤーを見張る為とも言われている。
"住民は一度死んだら戻らない。その事を弁えて行動してほしい"
開発陣は、初めてのリアリティを追求した作品に、作られた存在であってもこの世界で産まれ、生き、そして死ぬ……現実では当たり前の事をして生きて欲しいと願った。つまりは、開発陣は親バカになってしまったのだ。
そんな彼らがこの世界の住人を気に掛けるのは当然だ。そんな開発陣の熱意と、"もしゲームから快楽殺人を覚えたら会社が潰れる"と恐れた経営陣の思惑が一致し、犯罪抑制のためにある程度の監視が実行されたのだ。
プレイヤーから見たらGMはGM、ゲームマスターと言うゲームバランスの調停者だ。しかし、NFLに生まれたNPCである住民から見れば他所から来たプレイヤーと同じ存在だ。プレイヤーやGM、そういったNFLで生まれていない者を彼らは"転身者"と呼ぶ。
ただ、率先して問題解決に勤しむGMはお揃いの白い制服を着ており、その姿は住民達には好意的に受け止められ、警察の様な存在として認知されていた。住民からの好感度など初期設定で上げるだけで済むのに、GM達は自らの手でその地位を勝ち取っていたのだ。
それ以外のGM達は開発期間中にせっせと好感度を上げて、今では同じ住人として認めて貰えたのである。
テストプレイと言う名のコミュニケーションゲームだったと、傍から見ていた者からは後にそう語られる。ギャルゲーをやってるのかと聞けば、「あのおやっさんがついにデレた!」などといい年のおっさんが喜んでいる姿は、それは不気味だったという。
と、まぁ。住民に好かれているGMが住民に「それとなくあの子を見守って欲しい」とお願いされれば、今までの恩返しだと喜んで引き受けてくれた。
「……何してるんですか、あなた達」
『まぁ、やり過ぎた事は認めよう。だが、彼らも生きているとクロイ君も思ってもらえたら、生みの親としても嬉しいかな』
「とにかく!もう1台をセッティングして自分もNFLにダイブしてみます。引き受けるかはその後になりますが、それでいいですか?」
『ああ、よろしく!それと、予約確保の1台は交渉してもらえる時点で用意するから安心してくれ。それと私個人の携帯番号とメールアドレスを送るので、結果はそちらに知らせてほしい』
「ありがとうございます。では、失礼します」
『そうそう、クロイ君もNFLの世界を楽しんくれる事を願う。あ、この件は当然極秘で頼むよ!動物愛護協会とかに目を付けられたくないからね。それでは!』
プツッと回線が切れ、部屋に静寂が訪れる。
横を見れば今も眠ったように動かないシロがいる。
「……よし、さっさと準備して迎えに行くか!まずは電源の確保か。それとネットの接続設定をして―――」
2度目だから迷わずに手早くセットして、
すぐにヘッドギアを被ってシロの横に寝転んだ。
「シロ……今迎えに行くから、大人しく待ってろよ」
そして、ヘッドギア横の起動スイッチを押した。
意識が眠りに落ちる様にすーっと遠のいて行く。
【 Welcome to "BSVR" world ! 】