第二十五章:希望の玖(いし)(3)
だが−。
いろんな技や魔法を試してみたものの、老いているとは言えさすがに大神であるこのセフュロスには蚊にさされたぐらいのダメージしか負わせられないようだった。
「くそっ!さすがに相手が悪すぎるか!」
敬介が肩で息をしながら毒づいた。
「そんなこと言ったって…」
つくもの大剣はすでに刃こぼれしてぼろぼろになっている。切りつけてもすぐに治癒してしまうセフュロスにつくもの剣や勇希のトンファーはまったく意味をなさなかった。
「こうなったら大技をいっぺんに当てるしか道はないにゃ」
「それで勝てるのか?」
「わからない。…でも残っている道はそれしか…」
敬介の問いかけにレルムは一瞬言葉を詰まらせた。皆の大技を使ってもかすり傷ほどにしか感じない相手だ。全ての攻撃を一点集中したところで、どこまで期待が持てるかわからない。けれども他に残された方法はもう何もなかった。
「迷っている暇はないわ!今やれることをやるしか…」
戦闘ではほとんど自分の意見を言わない勇希がめずらしく口を開いた。その瞳には今までにない決意が漲っていた。
「愚かな。何をやっても無駄だということがまだわからないのか」
そこへセフュロスが割って入った。蔑んでいるとも哀れんでいるとも見られるその眼差しを前に一度萎えかけていたつくもたちの闘志に火がついた。
「よし、これが最後。あたしたちの全てを賭けるよ!」
皆が力強くうなずいたのを確かめるとつくもが左から老神の懐へと飛びこんだ。真津子が張った防御壁の中で敬介とレルムが呪文を唱えている。二人の大技が発動するまで約三十秒。その時間を稼ぐために飛び出したつくもの加勢に回ろうとしていた勇希を光がそっと引き止めた。二言三言小声で話した後、光と勇希の姿が消えたことに誰も気付いていなかった。
「二人共、準備はいい?」
真津子が詠唱が終わったらしい二人に声をかける。
「オッケー!」
「いつでもいけるにゃん!」
「じゃあ、結界を解除するわよ!一、二の…三!」
「ビッグバン!」
「エレクトロキューション!」
真津子の掛け声と共に敬介とレルムが溜めていた力を開放する。敬介の叫びに空からセフュロスの頭上に大量の雷刃が降る。その直後、中空に真っ黒いブラックホールが現れ、セフュロスを呑み込んだかと思うとまるで風船のように膨れ上がって大爆発を起こした。
「やったか?!」
真津子が張り直した結界の中で敬介が大きな声をあげた。だが、もうもうと立ち上がる黒い煙が晴れるのを固唾を呑んで見守っていた敬介たちの期待は一瞬にして打ち砕かれた。二人の大技を受けたセフュロスは全くの無傷で六人の前に立っている。そしてその掌には、ぱちぱちと音をたてながら放電する黒い球体が乗っていた。
「面白い技を持っているな。さすがの我も…少し、手が痺れたぞ」
そう言いながら、セフュロスは唇の端をゆがめて笑った。荘厳な顔に残忍な影が浮かび上がる。
「これは返しておくぞ」
「へっ?」
そう言うが早いか、セフュロスは掌の光の球を敬介たちに向かって投げつけた。レルムが急ぎ真津子の張った結界の上に更なる防御壁を重ねるが、小さく凝縮された二人の技はその結界を打ち破いて中にいた四人を感電させた。
「きゃあっ!」
「うっ…動けないにゃん!」
全身が痺れて立ち上がることさえできないつくもたちをセフュロスは愉悦の混じった暗い瞳で見下ろしている。このままでは本当に世界が終わってしまう。皆の顔に焦りが浮かんだその時だった。いつの間にかいなくなっていた勇希が風のような速さで老神の懐近くに飛び込んだ。
「遅いわ!」
全知全能の神には全てお見通しだったのだろうか。不意をついたはずの勇希の体をセフュロスの長く尖った右手の爪が簡単に引き裂いた。飛び散る赤い鮮血に真津子たちの体が硬直する。思考が目の前で繰り広げられた現実を理解するより前に、今度はセフュロスの左手がビルほどの巨体を持つ者の動きとは思えないすばやさで動いた。
「やはりお前は繰り返すのだな」
セフュロスが蔑んだような笑みを浮かべ、背後をつこうとしていた光の顔を覗き込んだ。腹の辺りに熱い衝撃を感じる。見るといつの間にかセフュロスの手に例のオリハルコンの短刀が握られていて、青く光るその刃が光の身体の中に柄の傍まで深く吸い込まれていた。
「ぐっ…」
食いしばった歯の隙間から痛々しい吐息が漏れ、唇の端から真っ赤な血が一筋、形のよい顎にかけて流れ落ちた。
「ひっ…光!!!」
つくもの絶叫がまるで音響の良いホールにいるかのように辺りに響き渡った。反対側では勇希が大量の血を流して倒れている。二人のもとに駆け寄ってやりたくても、つくもたちの体は痺れて立つことさえままならない。あまりのくやしさに敬介の歯がぎりっと嫌な音をたてた。