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第二十四章:光と闇(4)



闇。


一筋の光さえ通さない混沌の闇の中、一人漂う者がいた。ここがどこなのか、自分はどこからやってきて、いったいどこへ向かうのか。何もわからない。辺りは妙に静かでひんやりとした空気が心地よい。ぼんやりとした頭の中で見知らぬ低い声が自分に囁きかけるのが聞こえた。全てを破壊してしまえ、無に返してしまえ−と。


悪魔の囁きは続ける。お前の愛しい人はもういない。ならば、全てを壊してしまえ。全てを破壊し、自らをも壊してしまえ。そうすれば、もう何も怖いものはない。痛みを感じることもなく、永遠に幸福でいられる、と。


「永遠に幸福…」


勇希が呟く。


そうだ、その通り。全てを壊し、楽になろう。何も畏れることはない。これは『聖戦』なのだ。全てをお前から奪っていった憎いものたちに自らの罪の重さをわからせてやるために。これは必然の理なのだ。


「聖戦…必然の、理…」


勇希のセピア色の瞳には何も映らない。一切の光を失った瞳には目の前に立ち塞がるモノが一体なんなのかわからない。ただあるのは、脳裏に響く低い悪魔の囁きだけだった。


「全てを…破壊…す、る」


勇希の中から黒い塊が爆発する勢いで飛び出そうとしたその時、何者かが勇希の体を呪縛した。


「!!」


驚いて、その呪縛を振りほどこうとするが、もがけばもがくほど、呪縛はきつく、勇希の周りにからみつく。


「離せ。はなせー!!」


これ以上ないというぐらい、声を張り上げ叫びながら、呪縛を振り切ろうとする。


「勇希…」


ふと、自分の名前を呼ぶ優しい声が聞こえた。勇希の体がぴたりとその動きを止める。


なんだ?この声は…。勇希は思う。


さっきから脳裏に響いていた声が言う。そんな声に惑わされるな。それはお前を陥れようとする悪魔の声だ、と。だが、その声をさえぎるように、また誰かが優しく囁きかける。


「大丈夫。もう、大丈夫だから…」


その声と同時に、さっきまで自分を呪縛していたものが、何か優しく、暖かいものに形を変えていく。勇希の瞳に少しずつ、光が戻っていった。


「我の術をやぶっただと?」


セフュロスの怒声が聞こえた。その声に勇希は、はっと我に返る。


「光くん?!」


気が付くと、自分を抱きしめる光がいた。


「よかった。間に合って…」


光の藍色の瞳が優しく微笑みかける。暖かな腕が、服を通して聞こえる互いの鼓動が夢ではないことを告げていた。


「馬鹿な…我の創造物でしかないお前たちが…。いいや、今のお前は人に造られた操り人形(マリオネット)にすぎない。それなのに、なぜ…なぜ、我の思い通りにならないのだ!」


セフュロスは歯噛みした。


「子は親を、いつか越えていく…例え人間があなたたち神に造られたものであったとしても、例え俺が人の手で造られた人工()生命体(ローン)であったとしても、自分の業に取り憑かれたあなたに負けるわけにはいかない」


「なるほど、なるほど。しかし、我は全能の神。お前達が我に勝るはずはない!」


セフュロスが叫んだ途端、世界を徘徊していた悪鬼たちが一斉に光と勇希めがけて襲い掛かってきた。咄嗟に光は勇希を抱きしめると、その黒い翼で二人の体を包み込んだ。浮力を失った二人の体は見る見るうちに黒い塊に覆われながら地上へと落ちていく。


「おい、さすがにあれはやばいんじゃないのか!」


影の繰り出す気弾を避けながら地上に降りてきた敬介が上を見上げながら叫ぶ。ルシファーも悔しそうに下唇を噛んだ。


「くそっ!こんなところで雑魚の相手なんかしてる場合じゃねえのに!」


敬介がいらついた様子で毒づいたその時、目の前まで迫ってきていた影が一瞬にして消え失せた。


「へっ?」


突然のことに体制を崩してそのまま地面につっぷしたまま、敬介はきょろきょろと辺りを見回している。


「敬介!大丈夫?」


急いで駆け寄ろうとした真津子をつくもの声が妨げた。


「みんな、あれを見て!」


つくもの声に皆上空を見上げ、唖然とした。光の体は、地上に激突することなく、また中空に浮かんでいた。体を守るためにたたんだルシファーの黒翼はそのままに、光の背中からもう一対の黒い翼が生えている。その羽が大きく広がる度に二人を目掛けて襲い掛かる悪鬼たちが次々と消えていった。


「一体どうなっているの?」


真津子が誰にともなく疑問を口にする。注意深く様子を伺っていると、悪鬼たちは消えていくのではなく、新たに出現した黒翼の中へと吸収されていることに気がついた。取り込むたびに光の背で翼がどんどん大きくなっていく。


「ふっ。自分の体内に悪鬼を吸収するとはな。だが、全てを吸収することなど、不可能」


セフュロスが馬鹿にしたようにせせら笑う。だが、その笑みは長くは続かなかった。


光の体に変化が生じる。腕の中の勇希には一体なにが起っているのかわからず、皿のように大きく目を開いてただ、光を見守ることしかできない。光の体から、青白い光が少しずつ、滲み出て、周りのものを包み込んでいた。その光はどんどん大きく膨れ上がり、その輝きを増していく。


「なん、だと?」


あることに気付いたセフュロスの顔がみるみるうちに驚愕に歪んでいく。


光の黒翼が、今、羽の先端から、除々に白く染まり始めたのだ。それはゆっくりと四枚の翼全体に広がっていくと、ついには一点の陰りもない真っ白な翼が現れた。


「そんな、まさか?」


ルシファーの糸のように細い瞳が驚愕に見開かれた。その既に色あせた瞳に映るのは、今や完全に白くなった翼から次々と生まれ出る青白く小さな光の粒だった。それは、まだ辺りに残っていた悪鬼に取り憑くと小さな光の中に悪鬼自身を取り込んだかと思うと、また新しい光の粒が生まれた。


つくもに襲い掛かろうとしていた悪鬼にも光の粒が取り憑いた。いや、それは光の粒などではなかった。つくもの目の前に現れたそれはまるで妖精のような、小さな人形(ひとがた)をした生き物だった。それが悪鬼に触れることで、黒い陰が消え、新しい光の妖精が生まれていく。


「浄化、しているのか?」


ルシファーがぽつりと呟いた。


そして、世界は全て、その暖かな光に包まれていった。

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