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第四章:厄日(1)

厄介事はいつも突然、人の都合などお構いなしでやってくる。


前回もそうだった。なんでもない文化祭の日、それは唐突に訪れた。


厄介事というものは一度訪れると、息もつかせぬ速度で幾度となく人の生活を掻き回し、脅かしていく。


その時、人に与えられた選択肢は二つ。


ある人は全てを初めから決められた運命ととらえ、怯え翻弄されながら、やがて来る不幸な結末をただじっと待ちつづける。


そしてまたある人は自分の能力(ちから)を信じ、可能性という希望を胸にあくまでも抗いつづけようとする。


そして自分は、抗い続けることを選んだ。抗った結果、厄介事はとりあえず撃破できた。だが、そうやって苦労のすえに手に入れたものは、決して幸せな結果とは言えないものだった。


その前もそしてその前の前も−。


ずっと運命の呪縛から逃れるために抗い続けてきた。

それが正しいことだと、信じていたから。それしか術を知らなかったから。


だが、正しいと信じたものが、必ずしも正しい結末を導いてくれるとは限らない。いや、それは正しい結末だったのかもしれない。ただ、その結末が自分の欲するものと違っただけ。


それでも、正しいと信じる道を進む必要がある。たとえその先にあるものが何であろうとも。それはなんて不器用で、浅はかな行動だっただろう。何度となく同じことを繰り返しては、つらい結末を迎えてきた。要領良く全てを受け入れれば、気休めほどの幸福でも手に入れられたかもしれないのに。


それでも、やはり自分は抗いつづける。いつの日か、正しい結末が、自分が望む結果が来ると信じて−。



***



「またかよ」


運がいいのか悪いのか−。以前も似たような場面に遭遇したのを思い出す。


ビルの陰に身を潜めながら、敬介は目の前の光景に溜息をついた。


表通りに立ち並ぶ外灯の光が、暗い路地裏にうっすらと差し込んでいる。空には半分ほど満ちた月がいつもより紅く輝いていた。だが、その光は高層ビルの狭間にあるこの場所までは届かない。それでも、薄暗がりの中に一人の男の姿だけははっきりと見て取れた。


それは、通常で言う、視覚で見ているものとはどこか違っていた。目で見るというよりは心で見ているような感じだった。微弱ではあったが、その体から発せられている蒼いオーラのようなものが敬介の脳裏にまるでその存在を主張するかのように、深く刻みこまれていく。


男はどうやら数人の賊に囲まれているようだったが、男以外の姿はまるで実態のない影のように、ぼんやりとしか見えなかった。しばらくすると、そのうちの頭らしい一人が口を開いた。


「お久しぶりです…と言っても君は私のことを覚えてはいらっしゃらないのでしたね?」


丁寧な口調の裏に何か含むものがあるような、嫌味な物言いだった。表通りを通った車のライトが一瞬だけ、この路地に迷い込んでその者の正体を顕にする。皮ひもで結わえた長い緑の髪が背中で揺れていた。まるで骨の上に皮だけをかぶったような、がりがりに痩せた男だった。今にも栄養失調で倒れてしまいそうなその肢体とは裏腹に、糸のように細い切れ長の目だけが異様なまでの輝きを放っている。


「あいつは!」


思わず大声を出しそうになって、敬介はあわてて両手で自分の口を塞いだ。そこにいたのは敬介がよく見知った者だった。そして、その緑の目が捉えている者も−。


「あなたは、僕の過去を知っていると言いましたね?」


視線の先にいた青年は、訝しがりながらも丁寧な口調で訪ねた。柔らかな、どこか気品のようなものを感じさせる声だった。


「知っていますよ。君のことならなんでもね」


妙に間延びした声で長髪の男は続ける。


「ずっと探していたんですよ。そしてやっと、病院にいる君を見つけた。それはもう、落胆したものですよ。意識不明でいつ目を覚ますかわからなかった訳ですからね。だが…」


暗闇の中、妖しい光を湛えた緑の瞳が目の前にいる青年の藍色の瞳を正面から捉える。遠くから様子を伺っていた敬介でさえ、身震いせずにはいられないほど男の目は異様な冷気を湛えていた。にもかかわらず、藍色の瞳の青年は、そんな異形にまるで気が付いていないといった様子で平然としている。青年の堂々とした態度に、男はその薄い唇をゆがめて微笑むと、いいかけていた言葉を吐き出した。


「だが、君は目を覚ました。正直、驚きましたよ。もうダメだろうと諦めかけていましたからね」


「僕を病院に運んだのは、あなたなのか?」


「いいえ。君を連れ出したのは、流眞。反逆者です」


「反逆者?」


敬介は、その言葉にまた息をのんだ。まさかこんなところで真津子の父親の名前が出てくるとは思ってもみなかったのだが、反逆者と呼ばれていることにも驚いた。


「どういう、ことだ?」


青年のほうも同じく驚いているようすで、平静を装ってはいるものの、その動揺までは隠せないようだった。


「我々の当初の目的に反旗を翻しましてね。君を我々から奪おうとしたんですよ。もちろん我々もそれを阻止しようと試みたわけですが、君を盾にされてはどうしようもなかった。彼のせいで君は能力を暴走させ、結果、君は意識不明に陥ってしまった。まあ、彼が君を病院に運んでくれたおかげで今、私は再び君とこうして話すことができたわけですから、その辺は感謝していますが…ね」


「…。」


「よくわからない、と言った顔ですね。まあ、いいでしょう。今はそんなことはどうでもいいことだ。それより大切なのは、君の能力(ちから)のことです」


「僕の…ちから…?」


「そう。能力のほうはどうです?私はまだ、開花していないと見ていますが…」


「一体何を…?」


「何を言われているのかわかりませんか?やはり、まだ能力は開放されていないようですね。ゆっくり覚醒して…と言いたいところですが、こちらも時間がないのでね。仕方がない、私がそれを引き出してさしあげましょう」


言い終わるが早いか周りにいた連中が一斉に青年へと飛び掛っていく。だが、誰の手もその体に触れることなく突然現れた青い光に一瞬にしてはじき飛ばされた。その光景を見た敬介は目を丸くする。それは青年も予期していなかったことのようで、驚いた様子できょろきょろと身の周りを見回していた。

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