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第二十三章:深き闇(3)

「紅劉国の国王はナユルがパンドラだと気付いていました。そして、神から送られてきた不幸の源を逆利用して天界を手中に収めようと企んだ。ナユルの父親であり、国王の異母兄弟であったダコスは本当にかわいそうな人でした。兄王に娘を取られ、挙句の果てにはあらぬ疑いを掛けられて国外追放。それでも彼には娘を守りたいという気持ちしかなかったのですね。世界よりもたった一人の肉親をとる。限りなく愚かで、けれどそれは彼が限りなく人であったということの証し…」


ルシファーの静かな声が紡ぐ昔話が続いていた。その声はいつもの気だるそうな声ではなく、その話し方も人を馬鹿にしたような間延びしたものとはかけ離れていた。全ての仮面を捨てて真実を話すルシファーの声には、かつて大神の双子の片割れとして生まれ、生活していたころの神聖な品位のようなものが感じられた。


「玖澄光がカミンの生態情報を元にして造られたクローンだったというのは、本当なの?」


ルシファーの話が一段落した頃、真津子は兼ねてから疑問に思っていたことを切り出した。


「ええ。復活を遂げたダコスの目的は奈波勇希を自分の娘、ナユルとして取り戻すこと。ところが彼女の中にカミンの魂が共存していた。ダコスは邪魔な男の魂を娘から追い出す術を探していました。けれど、そんなことをしてしまえば、彼女の内に眠っている本来の力がいつ暴走し、この世界を闇に帰してしまうかわからない。本来ならば誰も知らないはずの歴史の記録に触れてしまった流はひどく悩んでいました」


「歴史の記録…テトラスコープのことね?」


「そうです。流もダコスとよく似た男でした。娘を護ること。それだけが二人に共通する想いでした。カミンの魂を消すことによってナユルがまた暴走すれば、自分の娘が犠牲になってしまう。それが流の懸念でした。そこで私は流に生態クローンを開発するようにもちかけたのです。ちょうどカミンが生前にナユルに渡していた遺髪があったので、そこに残っている情報を使って器を作り、勇希に宿ったカミンの魂を移植する。そうすることによって、万が一の時に暴走を食い止めようというのが狙いでした」


「じゃあその計画に参加していたのがうちの父と、火群の二人だったのね」


ルシファーが静かにうなずくのを確認した真津子は大きく息を吐いた。


父はどうしてこのことを自分に隠していたのだろう。事情を話してくれれば、クリニックの子供たちや光を救ってやれたかもしれない。火群やリオンを死なせることも、満を巻き込むこともなかった。それなのにどうして―。


そこまで考えて、ふと満が一度だけ上司に逆らった時のことを思い出した。


『彼女を守りたいという気持ちはわかります。だけど、それだけでは…』


あの時の満の声が脳裏に甦ってくる。


守りたい?私を守るため?そのために父は一人でこの世界を救おうとしたのか?


真津子は胸が詰まる思いで俯いた。


「ただ、ヒトのクローンは思ったよりも簡単にはいきませんでした。流たちが数年をかけ、やっとの思いで一体だけ、完璧だったのが彼でした。そうやって器は完成しましたが、カミンの魂を移植することにはいくつかの懸念がありました」


「懸念?」


「ええ。一つはダコスに悟られずに移植すること。彼はカミンの存在が娘の存在を脅かすものだと考えていましたからね。一つは移植が成功するのかということ。カミンの精神体、または光の体自身がどちらかを拒否すれば両方が壊れてしまう可能性がありました。そして最後に、例え移植が成功したところで、どれほどの力が残っているのかということです」


「それでも移植は実行したってのか?」


「ええ。いずれにせよ、カミンの魂が勇希から消されるのは目に見えていましたし、万が一の機会を逃せば二度と深き闇の暴走を止める手段はありませんからね」


敬介の非難するような目にルシファーは大きな溜息をつきながらそう答えた。


確かにルシファーの言うことは正しいのかもしれない。大事をとって小事を切る。世界を救うためにはそれぐらいの犠牲は覚悟しなければいけないのだろう。だが、頭ではそうわかっていても割り切れないものがあるのも確かだ。そうしてその割り切れない何かのために、敬介は今まで何度となく憤りを感じてきた。そうしてその度に自分の無力を思い知らされるのだった。


「もしかして、その移植が原因で彼は意識不明だったの?」


「いいえ。計画は直前に現れた流真司によって阻止されてしまいました。兄を殺そうと乗り込んできたのです」


「なっ!?」


「すでにセフュロスから力を与えられていた真司に兄を殺すのは簡単だった。けれど、それを阻止したものがいた…。光が暴走したのです」


「暴走?」


「ええ。光にとって眞はこの世界で知るただ一人の信頼できる人でした。その危機を目の当りにした光は無意識のうちに秘めた力を暴走させ、結果真司はひどい怪我を負いました」


「ひどい怪我って…。まさか、それで叔父さまは…」


真津子の問いにルシファーはゆっくりとうなずく。その怪我のせいで真司は行方をくらませていたのだ。


「じゃあ、その暴走で光は?」


「ええ。私が事の次第に気付いて駆けつけたときは、もう既に光が暴走した後でした。私は眞を落ち着かせると、気を失った光を火群の病院に運ぶように言いました。そうして勇希からカミンの魂を一時的に私の体に移した。そうしないと、ダコスはそのままカミンの魂を封印してしまうつもりだったからです。」


建物の外ではまるで大型台風の渦に巻き込まれているかのごとく、建物を揺らすほどのすさまじい轟音と、気味の悪い呪いの唄が響いている。窓の外は昼だというのに真っ暗で時折通り過ぎる悪霊の陰が窓ガラスに反射しては不気味な陰を残していった。


「一体これからどうなってしまうんだ」


「このまま、全てが混沌に包まれ、崩壊の一途をたどるのを黙ってみることになります。切り札を無くした私たちに、もはや打つ手は残っていない…」


ルシファーの絶望的な答えに部屋にいた誰もがうなだれた。今、この事態から世界を救えるカミンはいない。そして、カミンの一部を持った光の存在も失われてしまった。二人が全身全霊をかけて、護ろうとした勇希は今や神の思惑通り暴走し、全てを破壊へと導こうとしている。ここにいる誰かが止めるよう声を掛けたところで、彼女に届く声はもうどこにも存在しないのだ。


「そういえば、街の人たちは?」


少し前までルシファーと一緒に外の様子を観にいっていた真津子に敬介はふと声をかけた。


「え?ああ…。ひどいものよ。街中に悪霊が徘徊していたわ。地面や建物は全てニョグタに覆われて…。街の人たちを救いたくてもこの状況じゃあ自分たちの身を護るのだってできるかどうか」


「そんな…」


「あのさ、ニョグタって…なに?」


「あんたね!まさか、そんなことも知らないっていうの?」


真津子の言葉に考え込むレルムたちを他所に浴びせられた敬介の言葉につくもがあきれたような顔をする。


「ニョグタっていったら、暗黒の主に使えるとんでもなく醜悪で性根の腐った厄介な魔物じゃないの!」


「そ…そうだっけ?」


「そうだっけじゃな〜い!!あんだけ勉強しろって言ったでしょうが!ああ、もう。なんでおじいちゃんはこんな、こ〜んな情けない男にうちの道場を継がせるなんて言い出したのか…」


「え?」


敬介の首をがくがく振りながら大声で嘆くつくもにレルムと真津子の視線が集中した。


「道場を敬介に継がせるって、もしかして…」


「敬介と結婚するのにゃん?」


「え?」


二人の言葉につくもは一瞬青ざめたあと、かっと耳の裏まで真っ赤になった。


「じょ、冗談じゃないわ。なんであたしがこんなやつと!!」


「え、でも道場を継ぐってことは必然的に…」


「そうなるにゃん」


さう言って問い詰める二人につくもはさらに顔を紅潮させ、首を今にももげそうな勢いでぶんぶん振りながら否定した。


「そんなテレなくてもいいにゃん。大丈夫。ちゃ〜んとレルムがかわいいお嫁さんにしてあげるにゃん♪」


「そうね〜、当日はやっぱり純白のドレス?あ、でも和装も捨てがたいし…。つくもだと角隠しよりは白無垢のほうがいいかも…」


「ちったぁ、人の話を聞け―――!!!」


わなわなと拳を握り締めながら叫ぶつくもを他所に、レルムと真津子は目をキラキラさせながら勝手に話を進めて盛り上がっている。


「はあ。墓穴だな」


「うるさ〜い!だいたいあんたがどうしようもないから…」


「まったく相変わらずだな」


きっと敬介に詰め寄ったつくもの耳にあきれたような声が届いた。はっとして振り向くと、視線の先、部屋の一角に小さな青白い光が見える。それはゆっくりとその輝きを増しながら人の大きさにまで膨れ上がっていく。ルシファーを含めた全員が固唾を呑んで見守る中、完全な姿を取り戻したそれが目を開いた。


藍色の大きな瞳が五人を見つめている。もう二度と会うことはないだろうと思っていたその人の突然の登場に、皆言葉を失って立ち尽くしていた。


「ん?どうしたみんな?お化けでも見たような顔をして…」


自分が不自然な登場の仕方をしたことに気付いていないのか、青年は呑気に話しかけた。


「カミン…いや、光なのか?」


夢でも見ていると思っているのか、目をなんどもこすりながらそう尋ねてくる敬介に青年はニッと笑って答える。


「カミンに叱られたよ。信じてくれる人たちを見捨てるのかって、ね」


「それは…」


ルシファーがぱっと顔を輝かせる。


「ああ。二人で話し合って、戻ってくることにしたんだ…。勇希を、この世界を救うために。大丈夫。まだ希望(ぼく)は失われちゃいないから」


光はそう言うと、仲間にとって一生忘れられないものになるほどの最高の笑顔で微笑んだ。


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