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第二十三章:深き闇(2)



闇。




何も見えず、何も聞こえない。どこまでも続く混沌の闇の中、漂う者があった。


自分が誰なのか、どこから来てどこに向かっているのか。


上も下も東西南北も何もない暗闇の中、男は唯一人、彷徨っていた。ここを訪れるのは初めてではなかった。夢の中で何度も似たような場所に来ている。ただ夢の中と違うのは、今度はここから一生抜け出せないという真実だった。


このまま僕は死ぬんだろうか?ぼんやりと他人事のように思う。


このまま、何もわからないまま、何も達成しないまま、誰もその存在すら知らない闇の中で、僕は朽ち果てていくんだろうか?


これは今までとは違う。今度こそ、この混沌とした闇の中に、光は唯一人、飲み込まれていくのだ。


そう思ったとき、ふとあることに気が付いた。


それは、ずっと昔にも同じような場所にいたということ。いや、それは違う。同じような場所ではなく、同じ場所にいたことがあるのだ。あれはいつのことだったろう?曖昧な意識の中、ごちゃごちゃに絡み合った記憶をたどってみる。そして見えた一本の糸。


ああ、そうか。病院で目覚める前だ。長い間、僕はずっとこの闇の中で一人、漂っていた。決して目覚めることはないと思っていたのに、ある日突然、この闇から抜け出ることができた。


それはどうして?ただの偶然?それとも、必然だったのか?


あの時、僕は闇の中、ずっと何かを夢見ていた気がする。一体何を?誰の夢を見ていたんだ?

漆黒の闇のなか、なにかがぼんやりと浮かびあがる。全てが曖昧なのに、一対のセピア色の瞳だけがはっきりと見えた。


ああ、そうか。


光は思う。


僕はずっと彼女の夢を見ていたんだ。僕のオリジナルが愛した人の夢を−。


ああ、そうだ。愛していた。カミンは、全身全霊をかけて愛していた。たった一つ、護りたい人だった。僕はいつもカミンがうらやましくて仕方がなかった。そんな大切な人を、こんな僕でも持つことが許されるのだろうか?そんなことばかり考えていたあの頃。オリジナルさえ見捨てた自分には、幸せを望むことさえ許されないことだと思っていた。


けれど、光は出会ってしまった。世界でたった一人ぼっちだったはずの光は、気がつけばたくさんの人たちに囲まれていた。そうしてその人たちは自分がクローンだと知ってもなお、命をかけてこんな自分を守ろうとしてくれた。たくさんの人が長い一生をかけてもなお、手に入れることのできないようなかけがえのない絆と互いを思いやる気持ちを、光は短期間のうちにその手にしていたのだ。


「だけど」


光はつらそうに呟いた。


「結局、僕は造り物。カミンにさえ捨てられ、封印されていた存在。ヒト一人、護ることすらできない、ただの操り人形(マリオネット)だったんだ」


「本当にそう思っているのか?」


ふと聞こえてきた誰かの問いかけに、堅く閉ざしていた目を開ける。どこまでも広がる闇の中、一対の瞳が光のそれを凝視していた。その藍色の瞳はどこまでも広く、まるで、この無限の闇さえも浄化してしまうような、深い慈愛の色を湛えていた。


「何を…」


「本当にお前は誰も救えないと、お前はただ俺に似た人形に過ぎないと、本気でそう思っているのか?」


カミンの真剣な眼差しに光はまるで悪戯が見つかった子供のようにうなだれる。


「当然、じゃないか。僕は君を元に造られたクローンだったんだ。能力だって、君の一部をコピーしたものにすぎない。そんな僕に一体何ができると…」


半ば自嘲的に言った光の頬に突然熱い刺激が走った。しばらく、何が起ったのかわからずに目を丸くして目の前に立つ自分のオリジナルを見つめる。


「バカ、野郎…」


カミンの頬はまるで自分が殴られたかのように紅くなり、その瞳は哀しみで濡れていた。


「そんなこと、そんなこと言って、お前を信じてくれた人たちはどうなる?勇希は?菖蒲は?お前は、大切な仲間の気持ちを踏みにじるのか?」


そう言ったカミンの声は震えていた。


『あなたは人形(クローン)なんかじゃない。信じてる』


菖蒲、そして勇希の声が脳裏に響いてはっとする。それに気付いたのか、カミンが優しく微笑みかける。だが光の表情はすぐにまたもとの曇ったものへと変わった。


「だけど、君だって僕が邪魔だったから僕を封印したんだろう?」


「それは…違うよ」


光の問いにカミンは困ったような顔をして呟いた。


「え?」


「俺は、あの時、お前の力を恐れていた。あいつを…ナユルを失いたくはなかったから…」


そう言ったカミンの手が優しく光の肩におかれる。カミンの掌はまるで熱を持ったように熱かった。


「だが、今は違う。お前は…いや、お前の力だからこそ、あいつを救ってやることができる。それにやっと気付いたんだ」


「…でも…」


そう言われても未だに自身が持てなかった。自らの命を投げ出してまで使った魔法は菖蒲を救ったのだろうか?例え救っていたとしても、元々はナユルを封印するために造り出された自分の力で彼女を壊すことなく闇の部分だけ浄化できるのか、光には全くわからなかった。


「それに、縛られているのはお前のほうだろう?」


そんな光の気持ちを見透かしたように、カミンは鋭く聞き返した。


「?!」


「お前の封印はとっくに解けている。それなのになぜだ?なぜこんな所で一人、くすぶっている?自分は無力だ、何もできないと、いじけているんだ?」


「なぜって…」


「お前が満や、他の人たちを救えなかったことを悔やんでいるのは知っている。だけど、それはお前が俺の一部だからじゃない。そのことには、もうお前も気付いているはずだ。お前たちの敵は強大すぎる。きっと俺でも無理だった。だけど、お前なら、必ずみんなを救うことができるはずだ。救いたい、という強い気持ちがあれば…。お前が望むなら、俺も力を貸そう。ルシファーが創った元の俺たちに戻るんじゃない。みんなを救えるような強い俺たちになるんだ…」


「みんなを救えるような強い僕たちに…」


光がそう呟いた瞬間、カミンの姿は跡形もなく消え失せた。辺りにはただ漆黒の闇が広がっている。光も音も存在しない闇の中に光の体が溶けていく。全てが闇に包まれてしまうその刹那、光の囁きのような、だが力強い誓いの言葉が聞こえた。


「新しい自分に…」


残された空間にはただの闇が広がっていた。

そろそろ佳境に入ります。最後までおつきあいよろしくです♪

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