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第二十二章:絶望の街

「敬介…」


暗い部屋の隅でレルムがめずらしくしおらしい声を出す。よほど光が消えてしまったっことがショックだったのだろう。近寄ってみると月明かりに光る涙が小さな頬を濡らしていた。


「レルム、元気出せよ。そんな顔してるなんてお前らしくないじゃないか」


「だって…」


「光のことなら大丈夫だ。あいつはきっと俺たちのもとに帰ってくる。あいつには俺たちが…そして俺たちにもあいつが必要なんだ。勇希だって、光さえ戻ってくればきっと正気を取り戻す。な〜に、心配すんなって。いざとなったら俺が必ずあいつを引きずってでも連れ戻してやるからよ」


「敬介…」


「はは。な〜んて、ちょっとカッコつけすぎたか。ま、とにかく心配するな。真津子もつくもも五大戦士の頃から何度も修羅場を潜ってきてるんだ。それにお前だって、世界最強なんだろ?俺たち四人が力を合わせれば、きっとうまくいくさ」


「敬介、優しいんだね」


「そっ、そうか?ホントなら、こういう役回りはカミンや光のほうが慣れてるんだけどさ…」


いなけりゃ俺が代わりを務めるしかないだろう?と敬介は鼻の頭を掻きながら、照れたように笑った。その微笑にレルムのもつられて子供らしいぽっちゃりとした唇を緩めた。


「ホントはね…」


「ん?」


「ホントは、ミスなんかじゃなかったんだ」


敬介は突然切り出された言葉の意味を理解できなくて戸惑った表情を浮かべる。


「ミスじゃない?一体なんのことだ?」


「五大戦士の任命のこと…。あんたが選ばれたのはミスだった、って言ったけど、ホントはそうじゃなかったの」


「ふ〜ん」


レルムの告白に敬介は興味なさそうに曖昧な返事をすると窓の外へと視線を向けた。あの悪鬼たちはこの診療所がある森の奥にまでは来ていない。けれどうっそうと茂る木々の間を邪悪なものたちが埋め尽くすのも時間の問題だろう。実際、麓の小さな町まで悪霊たちはやって来ていた。それなのに、まるでそんなことは何光年も離れた別の星で起こっているかのように外の闇はしんと静まり返っている。


まるであの夜のようだな…。


紅劉国で、敬介が最後の戦いに出る前の夜も今日のように奇妙な静けさに包まれていた。


あの後、俺は…。


昔のことを思い出しかけて、敬介は小さく身震いする。思い出したくない過去。繰り返したくない結末。護りたい人たち。貫かねばならない想い。


今度こそ俺は…。


「レルムの家は代々国王に仕える刺客一族だったの」


物思いにふける敬介の耳に届いたのはレルムのつぶやくような声だった。


「え?」


「あの頃、国王が五大戦士を任命するより少し前、レルムの母さまは国王の勅命を受けて海に近いとある村に仲間の数人を従えて情報収集に行っていたの」


「ちょ、ちょっと待てよ。刺客?国王の勅命?だって、あの頃紅劉国は…」


理想郷(ユートピア)?」


「あっ、ああ」


「ふっ。それは表の顔ね」


「なんだって?」


「どんな国にだって表と裏の顔がある。絶対の正義も悪もどちらか片方だけ存在することなんて出来はしないわ。光や影が単独で存在できないようにね。ただ、多くの人は表の顔しか知りはしない…。いえ、知らないんじゃなくて、目を背けていただけかもしれないけど」


「母さまは、我が一族の中でも優秀な刺客だった。あたしはそんな母さまが誇りで…」


「へえ…」


「だけどある日、あたしは妙な噂を聞いたの。今度の勅命には実は裏があると」


「裏?」


敬介の問いかけにレルムはこくんと小さくうなずいた。


「国王が母さまたちを罪人にしたてあげようとしているって」


「なんだって?でも、そんなことして何の意味がある?お前の一族は国王直属の刺客だったんだろう?」


「ええ。でも、あの頃の国王はすでに狂っていたのよ。自分の欲望を満たすため、国王はなんとしてでも五大戦士となる者たちを集めたかった。そして、そのうちの一人はカミンでないといけなかった…」


「私にも、その理由はわからない。カミンが一体何者なのか。そこに理由があるのだろうけど」


「何者って…」


「ああ、勘違いしないでね。別に、彼が邪悪な存在とか、そんな風に疑っているわけじゃないの。ただ、なんらかの特別な力を持っている。そして、それを国王は欲していた。だから、国王はナユルを連れてお忍びの旅に出た。カミンから、守ってもらうために、ね」


「!!それは…」


「そう。カミンの村で国王と皇女を襲ったのは、他でもない母さまとその部下達だったの…」


「だっ、だけど、どうしてお前の母親は国王を襲ったんだ?自分の仕える王を知らないはずはないだろうに」


「無論、知っていたわ。けれど、母さまたちには真実が見えていなかった…」


「あん??」


「前もって何か幻覚が見えるような薬を飲まされていたの。そうして嘘の情報により、母さまは国の仇となるはずの相手に切りかかった。そこをカミンが止めに入って…」


「めでたく国王はカミンを配下に置くことに成功した…とそういうことか」


「ええ、そうよ。もちろん、カミンは母さまたちを殺したりはしなかったけど、後で秘密裏に処刑されたわ」


「そんな!」


「よくあることよ。生かしていれば、いつかいかがわしい薬を投与させたことが明るみにでてしまう。それならば先に始末してしまえって、そういうこと」


「それじゃ、お前は…」


「本当ならね、あたしが本当のことを知ることはなかった。家には謀反を企む賊の仕業で命を落としたと、そう報告がきたわ。そして、一緒に国王からの新たな勅命が届いた。その賊を押さえるためにあたしに五大戦士の一人になれというね」


「!!」


「けれど、あたしは国王の本当の顔を知っていた。母さまを殺した張本人が誰かってこともね。だからあたしは逃げ出した。師匠から絶対に使ってはならないと言われていた秘奥義、時空悠遠(じくうゆうえん)を使ってね」


「時空…?」


「時空悠遠。平たく言えばタイムトラベルよ。あたしはその禁断の術で、その勅命を受ける前の母さまに警告するつもりだった」


「つもりだったって…失敗したのか?」


「時間を移動することには成功したわ。母さまにも会えた。けど、あたしの警告を母さまは聞かなかった…。未来のことは例え誰かの生き死にに関わることであろうと、知ってはならない。時の流れにヒトが介入してはいけないと言ってね」


「そう、か」


薄闇の中、目を伏せたレルムはその外見とは裏腹にとても大人びて見えた。


「それで、その後お前はどうしたんだ?紅劉国に…元の時代に戻ったのか?」


そう訊ねる敬介に、レルムは酷く寂しそうな眼差しを送るとゆっくりと首を振った。


「元の時代に戻ったのはずっと後になってから。あたしはもともと国王の勅命から逃げ出してお尋ね者になっちゃってたし。それになにより禁断の秘奥義を使ったせいで、半不老不死の体になってしまったあたしには、もうどこにも居場所なんてなかったのよ」


「そんな…」


いつもおてんばで傍若無人。他人の迷惑など顧みず、やりたい放題で悩みなんてこれっぽっちもないように振舞っていたレルムの姿はただのお芝居だったのだ。きっとレルムは本来の自分の姿を誰に見せることもなく、一人で幾年もの年月を重ね、やり過ごしてきたのだろう。その小さな体にいくつもの悲しみを閉じ込めながら。けれどその魂はちょっとしたことで崩れ落ちてしまうほど脆いものだった。あの半ば強引とも言える唯我独尊の行動精神はそんな自分の脆さを隠す隠れ蓑だったのだ。


「だからしばらくあちこちの時間軸を移動したわ。過去、未来、この星だけでなく、他の惑星もね。そんなある日、あたしはあの子と出会ったの…」


「あの子?」


「光…いえ、カミンだったのかしら。名前なんてこの際どうでもいいことだけど…赤ん坊を抱いて追手から逃げるボロボロのあの子に、あたしは確かに出会ったの」


「!!」


「あの子、どうしても赤ん坊を助けたいって言っていたわ。自分は立っているのもやっとなぐらいボロボロになっているっていうのに…。そんなあの子にあたしは母さまを助けたくて秘奥義まで使ってしまった自分を重ねていた」


「…」


「だから、あたしはあの子たちに力を貸すことにした。この世界に、二人を送ったの」


「まさか…まさか、その赤ん坊って…」


「間違いない。勇希よ」


レルムの言葉に敬介はじっと考え込んだ。


そんなことがありえるのか?一人で、どこかの世界でズタボロになりながらも、小さな赤ん坊を護るカミン…。そして、その赤ん坊が今の勇希だと…?


「そんな…。じ、じゃあ、カミンはどうなっちまったんだよ?あいつは、ほんのこの間まで勇希の中にいたんだぜ?」


「それは…」


「カミンの精神が勇希と同体化したのは、レルムが二人をこの世界に送ったすぐ後のことです」


レルムの言葉を遮る、のんびり間延びした声に二人ははっと顔を見合わせる。振り向くと、開いたままになっていた扉の外に痩せた男が立っている。男のまるで線のような細い目がじっと二人を見下ろしていた。


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