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第二十一章:それぞれの想い(6)

姿を現した夢魔を光はじっと見つめた。その真紅の瞳に病院で自分を気遣ってくれていた頃の菖蒲はどこにもいなかった。


覚悟を決めるしかないか。


ふっと肩から力を抜くと鞘から光の剣を抜く。辺りに燃え移った炎を反射してその刃が赤く輝いた。その切っ先をヒプノスの喉に向け正眼に構える。側にいた勇希がはっとこちらを振り返った。


「ちょっ…光君、あなたまさか…!」


「勇希、君も構えろ。こいつは一筋縄ではいかない。悪いが、今回は君にも協力してもらう」


ヒプノスから目をそらさずに言う光に勇希はさらに慌てた声を出す。


「何言ってるの!相手は、今はヒプノスだけど…でも、中身は菖蒲さんなのよ!彼女を攻撃するなんて、出来るわけ…」


「出来るさ」


光の凛とした声が勇希の静止を遮る。その声にはなんの迷いも含まれてはいなかった。


「いいかい?あの夢魔を倒さなければ、どっちみち菖蒲を助けることはできないんだ。もちろん、ヒプノスを攻撃すれば同体化した菖蒲も傷つく。だけど、今はこれしか方法がないんだ」


「で…でも…」


まだ戸惑いを見せる勇希を光は決意のこもった瞳で見つめた。


「大丈夫。言っただろ?僕は君も菖蒲も失うつもりはないって。僕が必ず二人を守る。必ず、助けてみせるから…。だから勇希、僕を信じてくれないか」


「!」


その顔に今朝夢に見た風景が重なって勇希は息を飲んだ。


まただ…。またあの時と同じ。


遠い昔の記憶。あの時も反対する私をあの人は決意の揺るがぬ瞳で見つめてこう言った。必ず守るから、俺を信じろ、と。状況は違えど、その瞳に宿る意志とその言葉はあの時と同じもの。この瞳を前にして拒めるものなどいるはずがなかった。


ただ一つ、救われるのは、今度はあの時のように置いていかれるのではない。光は自分にも力を貸してくれと言っている。一人ではなく、勇希と二人でこの困難に立ち向かおうとしている。二人なら、菖蒲を助けることができるかもしれない。


「わかった。どうすればいい?」


勇希はトンファーを両手に構えると、力強くうなずいた。




***




真津子の絶叫が辺りに響く。細い両腕は抱きとめるものを失って小刻みに震えていた。


「き…消えちまった…」


敬介が糸の切れたマリオネットのようにその場へ座り込む。


「なんで、どうして?」


その横でつくもも目の前でおこった現実が理解できずにいた。


「リオン…あのエルフはゴースト(まぼろし)だったのにゃ」


「まぼろし?」


レルムの言葉に敬介とつくもが振り向いた。


「そう…。彼自身はもう何年も前に死んでいる。ただ真津子を守りきれなかったその無念のために彷徨っていた魂。それを真司(あいつ)は都合のいい操り人形として利用しただけ。実体のないゴーストなら、倒されたあとに何も残らないのは不思議じゃないわ」


レルムの言葉を裏付けるように真司が口を開いた。


「バカな男だ。魂を取り戻さなければ、二度も殺されることはなかったのに」


軽く嘲るような声を出す真司を涙で濡れた紫の瞳がきっと睨みつける。


「真津子、お前がいけないのだよ。お前がいるから人が死ぬ。千津慧も…兄貴も…そしてリオンも。みんな、お前のせいで死んだんだ。二度と同じ思いを、だって?だが、お前はまた繰り返してしまった。お前を助けようとしてリオンは死に、そうしてお前の父も私が放ったオリハルコンをお前の代わりに受け、その命を落とした…」


真司の言葉に真津子ははっと息を飲む。


「あのオリハルコン…あれは叔父さまが…」


「そうだ。私はお前を狙ったのだがね。自分の手で殺せないのなら、目の前で自分の娘が死ぬ様を見て苦しめばいいと思ったのさ。けれど、実際にあの短刀を受けたのはアニキのほうだった。娘を助けるため、か。ふっ。まあ、どのような形にせよ、アニキを始末できたことには感謝しているがね…」


真司の言葉に真津子はオリハルコンを握り締めるとゆらゆらと立ち上がる。真津子の呪縛が溶けた瞬間、敬介たちの周りに張り巡らされていた結界も解けていた。即座に発動したレルムのフリーズで今煙龍はその動きを封じ込められている。殺るとしたら今、この時を逃して他にはない。


「ほう?俺を殺すっていうのか?血のつながったこの俺を?」


真司は片方の眉を上げて薄笑いを浮かべた。真津子は無言のまま、オリハルコンの刃先を見つめた。


「出来ないことは言わないことだ。お前に俺は殺せない。血のつながった叔父を殺すなど、人間として出来るわけが…」


ぺらぺらとしゃべり続ける真司を決意の色を秘めた真津子の瞳が真直ぐ捕らえた。


「叔父さま、覚悟!」


真津子は短くそう叫んだかと思うと、全速力で真司向かって駆け出した。


金属同士がぶつかり合う固い音が響く。真津子のオリハルコンは真司の葉巻が変形したダガーでいとも簡単に受け止められてしまった。


「どこまでバカなのだ、お前は?瞬間移動ですらしとめられなかったこの俺を、こんなことで殺せるとでも思ったのか?」


「もちろんよ」


真司は真津子の自信に満ち溢れた声に驚いた。


「何をバカな…。?!こっ、これは?」


真津子の自信にふと手元を見た真司の灰色の瞳が見開かれる。ダガーがとらえている真津子の武器はオリハルコンではなく白い樫の短い棒だった。

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