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第二十一章:それぞれの想い(2)

次の日の朝。光たちは火群の家があるという、ごくありふれた住宅街に来ていた。さほど早朝というわけでもないのに、辺りはまるで誰も住んでいないゴーストタウンのように奇妙に静まり返っている。通勤通学途中の人の姿どころか、鳥の声さえ聞こえないことに、不安を覚えないわけではなかったが、万一何かあった時のことを考えると、光たちには誰もいない状況のほうがかえって都合が良かった。


しばらくなんの変哲もない住宅街を進んでいくと、世にも奇妙な建造物が見えてきた。それは非常識なほど異彩を放つ彫刻を施された門柱だった。頭は鳥で体はどうやら魚類のもののように見える。眩しい朝日に照らされてなお、そこに彫られた異形は見るもの全てに吐き気を催した。


その門柱には何か魔的な力でもあるのか、目を逸らしたいと思えば思うほど、その目はそこに釘付けになって離せない。さっさとこんなものから遠ざかってしまいたいのだが、残念なことに、一行が目指していた家はこの奥にある。あまりの気持ちの悪さにレルムは思わず光の後ろに隠れ、敬介は涙目になっていた。いつも気丈なつくもでさえ、顔色を失っている有様だ。一行はその場を早足で通り過ぎようとするが、まるでその辺りの空気だけ特別濃くなってでもいるかのように何かがねっとりと身体にまとわりついてなかなか足が思うように言うことを聞いてくれない。それでもなんとか必死に足を動かして、やっとのことで奥の家屋に辿り着いた。


こんな飾りを門柱にするぐらいの人物だ、さぞかしの変わり者でその家も奇妙なものに違いないと思った光たちだったが、外からは特にこれといって変わったところのない普通の家屋のように見える。それでも油断は禁物だ。敵はどこに潜んでいるかわからない。


真津子が緊張した面持ちでゆっくりとドアベルを押す。死んだ火群は天涯孤独の一人身だったと聞いていたし、事前に裏から手を回して警察やメディアを追い払っていたからそんなことをする必要はなかったのだが、念を入れておいたほうがよい。もしかしたら遠くの親戚か何かが、荷物の整理に来ていないとも限らない。そこまでは真津子でさえも規制することはできないのだから。真津子の白く長い指がプラスチック製のボタンから離れると、少し遅れて軽快な音が家の奥のほうで鳴るのが聞こえた。


しばらく待って何も反応がないのを確かめると、真津子はドアノブに手をかける。恐らく鍵がかかっているだろうと見込んでいたドアはあっさりとその錠を手放した。


「え?」


開け放たれたドアに真津子は動揺する。計算外のことに更に警戒を強めながら中へ一歩足を進めていくと、暗い廊下の奥に体格のいい男が現れた。


「!!」


そのよく見慣れた顔に真津子は絶句した。浅黒い肌。几帳面に手入れされた口ひげ。誰もいないはずの火群の家で一行を待ち構えていたのは他の誰でもない、流真司だった。


「てっ、てめえは!」


「ようこそ。君達が来るのを待っていたよ」


一気に殺気立つ敬介とは裏腹に真司は余裕の表情で涼やかに答える。その瞬間、廊下だったはずの空間が奇妙に捻じ曲がると、以前満がリオンと対峙したあの洞窟に似た闇が広がった。辺りには湿った空気が充満し、なんとも言えない生臭い匂いに息をする度むせ返りそうになる。


「うえ。何よこの匂い…」


「どうやら、異空間に閉じ込められてしまったらしいにゃ」


鼻と口を手で押さえながら眉をしかめたつくもにレルムが辺りを見回しながら答える。


「この空間…。どうやら簡単には逃がしてもらえないみたいにゃ」


緊張を張り巡らせるレルムを真司はちらりと一瞥するとぱちんと指を鳴らした。陳腐なマジックであるかのように暗い岩壁に等間隔にしつらえられた松明が一斉に炎を灯し始める。どろりとした透明の液体が岩肌をゆっくりと伝い、床を濡らしているのが見えた。


「叔父さま…。やはり火群の事件もあなたの仕業だったのね」


「火群?ああ、そうさ。彼は光の面倒や菖蒲の記憶操作に一役買ってくれたがね、どうやらまだ前世から目論んでいた世界征服とやらの望みを捨てきれないようで、そろそろ目障りになってきたところだったんだ」


じっと探るような目つきで睨みつける真津子に、真司は嘲笑を含んだ声で答えた。


「前世から・・・?世界征服って・・・」


「国王か」


要領を得ないつくもに代わって光が突然口を開いた。


「え?」


「ナユルの父、紅劉国国王…。火群は国王の生まれ変わりだったんだな?」


そう確認する光に真司はふっと唇の端を歪ませて薄い笑みを浮かべる。


「そうだ。光…ずいぶんと歴史に詳しくなったみたいじゃないか」


「詳しいわけじゃない。ただ、少しずつ、何かを思い出し始めているだけだ」


そう。光はたくさんのことを思い出しはじめていた。菖蒲から呼び出され、その後意識を失っていた2日間、まるでカミンの記憶ともそうではないとも言える様々な出来事を夢に見ていた。そうして昨日、モニターに映し出された火群の写真を見て、光ははっきりと確信した。あれは紅劉国国王。かつてカミンが忠誠を誓った男であると―。


「そうか。ならば好都合だ。光よ、俺達の仲間にならないか」


「はぁ?」


突然の真司の言葉に敬介が素っ頓狂な声をあげた。一体どこをどうつなげれば、今までの話から光が仲間になるということになるのだ。唐突な勧誘に皆愕いた顔をしている。


「なっ、あなた、何を言っているの?光君を仲間にだなんて、一体どういうつもり?」


やっと光が自分たちのもとに戻ってきたのだ。また引き離されるなんて冗談じゃない。かあっと頭に血が上った勇希が顔を真っ赤にさせながら抗議する。


「これはこれは皇女さま。なに、俺達は光に危害を加えるつもりはない。それどころか、彼を、そしてこの世界をあなたから護ってあげようと言うんですよ」


「私…から?」


勇希は真司の言葉に戸惑いを隠せなかった。


一体どういうことだ?自分の前世であるナユルはカミンから護られてはいても、自分の存在によってカミンの存在が脅かされることはなかったはずだ。それとも、勇希が忘れている何かが二人の間にあるとでもいうのか?そしてそれを真司や菖蒲は知っていて光を自分から遠ざけようとしているのか?


混乱する勇希を庇うように、つくもが大剣を取り出すと一歩前へと進み出た。


「勇希、こいつの言葉をまともに受けるな。オレたちの心を乱し、利用しようとする魂胆に決まっている」


「おや。それは心外だな。自分たちが仕えるものの本当の姿も知らず、物事を見た目だけで判断するとは…。かつての五大戦士もたいしたことはなかったということか」


「なんだと!」


真司の言葉にきっと敵意を顕にするつくもたちの傍で光と勇希がはっと息を飲んだ。


見た目に惑わされるな。見えている物だけが真実とは限らない。


最近あちこちで同じような言葉を聞いている。もしかして、そこに自分たちがまだ気付いていない真理があるというのか?


「叔父さま…菖蒲さんは…菖蒲さんもあなたの仲間なの?」


「ああ、そうさ。リオンに菖蒲、そうして俺はあるお方に仕えている」


「あるお方って、ルシファーのことか?」


兼ねてから抱いていた疑問をぶつける敬介に、真司はあからさまに嫌な顔をした。


「ルシファー?ふん。なぜ俺たちがあんな堕天使に仕えなければならないのだ。俺たちが仕えるお方はもっと高貴で力のあるお方だよ」


「あ、菖蒲は…菖蒲はどこにいる?」


光が緊張した面持ちで尋ねた。菖蒲がこの男の仲間だというのなら、その消息も知っているはずだ。もしかしたらすぐ傍にいるのかもしれない。それならば、早く助けてやらなければ。


「彼女なら、この奥にいるよ。君のことを待っている」


真司は光を氷のような冷たい目つきでじろりと一瞥した。その顔には何か意地の悪いことを考えついて楽しんでいるかのような表情を浮かべている。


「早くしないと…そうだな。彼女の魂は完全にヒプノスに喰い殺されてしまうだろうなぁ」


「なっ!」


「まあ、君が心配することはないさ。君たちがどう足掻こうと、決して間に合うことはないのだからね」


「貴様、言わせておけば…!」


怒りに肩を震わせる光を真司はさも愉快そうに見つめている。エクスカリバーの柄に手をかけた光を真津子がそっと横から制した。


「真、真津子…」


「落ち着きなさい。正常心を欠いたままで戦っても勝てるはずがないわ」


「あ…」


真津子の言葉は光を含めた仲間全員に向けたものだった。皆の心を乱し、隙ができたところを攻める―それが真司たちの戦い方なのだ。またそんなものに乗せられて、ヘマをするわけにはいかない。自分たちはもう既に大切な仲間を何人も失っているのだから…。


「ふん。このまま話しを続けていても不毛なだけだな。いい加減、目障りだ。邪魔なものにはそろそろ舞台から退場いただくとしよう…。リオン!」


真司の呼びかけを待っていたように、真津子の前にリオンが立ち塞がった。その手には新しく調達したらしいビュートが握られている。


「リオン、あなた…!」


厳しい表情を浮かべる真津子にリオンは感情のない目を向けた。まるで生気が抜かれたように、その瞳はうつろで目の前にいる真津子にさえ気付いていないようである。


「リオンにいったい何をしたの?!」


「なに、たいしたことじゃない。ただ人格を消させてもらっただけさ。お前への感情はもはや必要ない、いや、あれば逆に邪魔になるだけなのでね。ここにいるのは魂の抜けたリオンの亡霊…。そう。俺の思い通りに動く忠実な部下なのさ」


きっと睨みつける真津子に真司は涼しい顔で答えると、さっと右手をあげる。するとリオンから少し離れた場所に白い靄のようなものが急速に集まりだした。ぼんやりと煙のように漂っていた靄は次第にその濃さを増し、ある姿を形成する。それが完全に顕現した時、レルムはやっと理解した。


「煙龍…。そうか、ホントの術者はあんただったのね!」


「ふっ。そうだ。魔道師レルムよ。お前は世界最強を名乗っているようだが、果たして俺の煙龍に対抗できるのかな?」


「!」


8人の間に一触即発の気が急速に高まっていく。その時、ふいに真津子が光に声をかけた。


「光、ここは私達にまかせて菖蒲さんを助けにいきなさい」


「え?」


「ヒプノスの話…あれはハッタリじゃないわ。ルシファーも、同じ可能性を言っていた。早く彼女を見つけてその夢魔を追い出さなければ、本当に彼女の魂は喰い尽くされて二度とこの世界に戻ってこれなくなってしまう」


「そ、そんな…」


「そうならないためにも、早く彼女を探し出すのよ。これはあなたにしかできないこと。だから…」


「し、しかし、みんなを置いていくわけには!」


「なに言ってんの。元五大戦士と世界最強の魔道師レルム。こんだけ戦力が揃っていればどんな敵でも敵いっこなしだわ」


少し落ち着きを取り戻したつくもが軽くウインクしてみせた。


「光くん、私も一緒に行く。早く、菖蒲さんを助けましょう」


トンファーを握りしめた勇希が真剣な表情で光の顔を見上げている。しばらくその顔を見つめた後、光は意を決すると大きくうなずいた。


「わかった。みんな、死ぬなよ」


そう言うと光は勇希を連れて闇の奥へと走り出した。


「させるか!」


真司が叫び、煙龍が鋭い鍵爪を光たちの背中に向けて突き出す。けれど、その爪は目に見えない壁に弾き飛ばされた。


「ぐぅ!」


「バーカ。あんたの相手はあたいでしょ!」


レルムがワンドを片手にきっと真司を睨みつける。その横に敬介も身構えた。


「そ。俺のことも忘れずに」


「んじゃ、あたしは真津子と組みますか!」


まるで遊び相手を決めるかのような軽い口調でそう言うと、つくもは大剣を肩にかついで真津子に軽くウインクした。


「そこまで緊張感がないってのもどうかと思うけれど」


リオンと向き合った真津子が軽くたしなめる。


「まあ、気にしな〜い、気にしない」


いつもと違うパートナー。けれどつくもたちの呑気な物言いに満と組んでいた時と同じ余裕が戻ってくる。これはこれでうまく機能するかもしれない。真津子はふっとため息をもらすとにっこりと笑って見せた。

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