第二十一章:それぞれの想い(1)
ちょっとこの章は長いのですが、お付き合いくださいね♪
いつも見慣れた城の中庭をぼんやりと見つめる一対の瞳があった。部屋の前に広がる庭の中央には色とりどりの小魚が放たれた池があり、その周りは甘い香りのする花が一年中咲き乱れている。真夜中を過ぎ、誰もいなくなった城内は穏やかな風が木々の葉を揺らす他はしんと静まりかえっている。いつもと変わらない風景。いつもと変わらない穏やかな夜。だがナユルの心境は穏やかなそれとは似ても似つかないものだった。
寝台の上でなかなか寝付けないナユルはその日何度目かの寝返りをうつ。
「カミン…。どうして逝ってしまったの?」
ナユルはやや疲れた声で誰もいない闇の中にぼそりと呟いた。
父王が殺されて一ヶ月。ナユルの周りの警備は益々厳しくなっていた。五大戦士の一人であったクルツが裏で手引きをしていたのだという。そのクルツも一足遅くかけつけた仲間たちに殺されたと後でおしゃべり好きの侍女から聞かされた。かつての理想郷は軸になる国王がいなくなったことで一気に不安定になっていた。
早くダコス率いる賊を始末して国内の混乱を抑えたいと願った大臣たちは、カミンたち自らが敵地に乗り込み敵を一掃するよう命じた。その話を聞いたナユルはもちろん大反対した。聞けば敵の数は国王健在の時より更に増え、中には高位魔法に長けたものも多いという。それに比べ、こちらの数はたった四人。本来なら国王直属の護衛部隊が一緒に同行すべきだが、このような非常事態に国の要である城の警備を疎かにするわけにもいかない。そういう理由でクルツを欠いた四人だけで全ての収拾を取らなければいけなくなったのだ。
「お願いだから止めて!たった四人で敵地へ乗り込むなんて、自分からむざむざ殺されに行くようなものじゃない!」
そう泣いて頼むナユルにカミンは困ったような顔を向けると、それはできないと短く答えた。
「どうして!あなた達は私の護衛をお父様から申し付かっているはずよ!その私を放っていくなんて…」
「俺達は皇女とこの国を護るために雇われたんだ。そのどちらを護るためにも、この戦いを避けるわけにはいかない。それに、既に大臣たちから命令も受けている。俺達はその命に従う義務が…」
「そんな命令など、知りません!」
優しく諭すように話すカミンの言葉を遮ってナユルは大声をあげた。
「お父様亡き今、この国の長は私のはず。ならば私の命令を聞くのがあなたたち五大戦士の勤めでしょう?」
ただのわがままとしか言えないナユルの言葉にカミンは苦笑する。どうして今日に限って姫君はこんなに聞き分けがないのだろう。国の一大事だということはナユルにもわかっているはずである。そうして、本当はナユルを一人、置いていきたくないというカミンの気持ちも・・・。いや、わかっているからこそ、我を張っているのだろう。もう二度と逢えないと、そう気付いているからこそ、子供のようにべそを掻いてしまうのだ。
カミンはしばらく考えて、それから意を決したようにナユルの瞳を真直ぐ見据えると、先程までとはうって変わった君主に対する硬い言葉で、けれどもきっぱりと答えた。
「それはできません」
「な…どうして!」
「それは…それは、あなたが間違っているからです」
「!!」
ナユルは二の句が告げずに息を飲んだ。カミンの言っていることがわからない。自分が間違っている?好きな人を危険な場所に行かせたくないという自分のいったい何が間違っているというのだ?
考えれば考えるほど、わからない。こんなに、こんなに心配しているというのに。お父様を失って、この広い城内でたった一人。侍女や大臣、警備兵などがいるとは言え、ナユルが本当に気を許せるのは五大戦士たちだけだった。これほどまでに不安で心細い思いをしているというのに、どうして、どうしてこの世でたった一人愛している人がその気持ちをわかってくれない?
ナユルはカミンから視線を足元へ移すと、悔しさにその唇を震わせた。そんなナユルをしばらく無言で見つめていたカミンだったが、しばらくすると腰にさげていた短剣に手をかけた。月の光を浴びて妖しく光るその剣でカミンは皮ひもでくくられた長い髪を切り落とした。
「カミン!何を!」
短剣を元の鞘に収めたカミンは驚くナユルに優しい笑顔を向けると、ポケットから出した小さな何かと一緒にその髪を差し出した。
「これを、俺だと思って持っていてくれないか。俺の心はいつだってお前の傍にいる。それに心配しなくても、俺は必ず帰ってくる。お前を、必ず護ってみせるから。だから、俺を信じてくれないか…」
カミンの声がナユルの心に沁み渡っていく。なんの保証もない言葉なのに、ナユルの心はまるで催眠にかかったように満たされていった。気がついた時は自分でも驚くほど穏やかな気持ちでカミンの背中を見送っていた。
必ず帰ってくるから…。
約束…。
その言葉を信じていたのに。
カミンだけは自分を裏切らないと信じていたのに…。
嘘つき。
うそつき。
ウソツキ。
「嘘つき…」
電気の消えた診療所の一室で、勇希の涙に濡れた声がポツリと呟いた。