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第二十章:愛情の裏側にあるもの(2)

暗闇にぼんやりと光が戻ってくる。初め薄い灰色のように見えていた何かが、天井の染みだと気付くのにそう長くはかからなかった。


体を起こそうとして何か小さなものが胸のあたりに乗っていることに気付く。何か茶色い毛のようなものにぎょっとして目を瞬かせる。目をこすってよく見ると、それは側の椅子に腰掛けたまま、上体を光の上に預けて眠りこけている勇希の頭だった。得体の知れないものではなかったことに、一人ほっと胸を撫で下ろすと、まだ重い頭をそっと枕の上に横たえた。


一体自分はどうしたんだろう。


ぼんやりとした頭で記憶を手繰ってみる。菖蒲に連れられて路地裏にある暗い通路を歩いたまでは覚えているが、その後のことは全て曖昧ではっきりと思い出せない。灯台の中で誰かと話しをしたような気もするが、相手が誰だったのか、何を話していたのか、またそれが現実だったのか夢だったのかさえ、よくわからなかった。今自分がいる場所も見たことのない部屋だった。ここまで自力でたどりついたのか、それとも勇希か他の誰かがここまで連れてきてくれたのだろうか。


どちらにせよ、また勇希たちに心配をかけてしまったな…。


「う…ん…光…くん…」


大きくため息をついた時、勇希の声が聞こえた。はっとして視線を落とすが特に目が覚めたという様子ではない。


「なんだ…寝言か」


自分の胸の上で安らかな寝息をたてている勇希に光はふっとやさしい笑みを浮かべる。色白の顔にかかった髪をそっと指先で払ってやると、勇希がくすぐったそうに身じろぎした。


「幸せそうな寝顔だな」


光の口から思わず一人言が漏れた。じっと寝入っている勇希を見つめていると、なぜか胸の奥がきゅっと締め付けられるように苦しくなる。けれどそれは嫌な感覚ではなく、それどころかその苦痛が愛しくさえ感じられた。


なんだ、この気持ちは…?


初めて感じるおかしな感情に一人戸惑っていると掌の中で勇希の頭がもぞもぞと向きを変え、今度はゆっくりとその瞼をあげた。


「ん…?」


まだ寝ぼけているのか、焦点の合わないセピア色の瞳がぼんやりと光の顔を眺めている。


「おはよう」


光がそう声をかけると、勇希がぱあっと顔を赤らめた。


「ん?どした?」


「あ、あの、わたし…」


しどろもどろに答える勇希にその理由を理解した光はあわてて勇希の頭から自分の手をどける。


「あっ、いや、ごめん…」


ごまかすように自分の頭をがしがし掻いてあやまる。心臓が口から飛び出すのではないかと思うほどドキドキして、また身体の奥がきゅっと痛んだ。


「べつに変なこと、しようとしてたわけじゃないんだ」


弁解する光にきちんと椅子に座りなおした勇希はまだ頬を紅潮させたまま、わかっていると小さく頷いた。


「そういえば、ここは?」


見覚えのない部屋を光はあらためて見回しながらそう訊ねた。


「ああ、ここは真津子が所有している診療所よ。…といっても、別荘みたいなものらしいけど」


部屋はさほど大きくないが、質素な中にも持ち主のセンスが感じられる上品な家具が置かれていた。閉め切った窓の外は暗く、小雪がちらついている。


雪か…。珍しいな。


初めて見る雪にしばらく視線を奪われていると勇希がゆっくりと口を開いた。


「でもよかった。光君の目が覚めて…。真津子まで処方薬がないから危ないかも、なんて言い出すし、あのままこっちに戻ってこなかったらどうしようかと…」


「え?」


勇希の言葉に光はきょとんと目を丸くする。


「やっぱり、何も覚えてないの?」


そう問い掛ける勇希に光は素直にこくんとうなずいた。


「バイト先に篠山さんが現れて、一緒に外に出たまでは覚えてるんだけど…」


「やっぱり…。光君、なんだか黒い何かに操られていたんだよ。ルシファーは夢魔の類だって言うんだけど…」


「ルシファーが?」


きっと厳しい表情になる光に勇希はあわてて首をふった。


「あ、ち、違うの。彼のせいじゃないの。彼は…ルシファーは私達を助けてくれたの」


「え?」


勇希の言葉に光は目を丸くした。今まで自分たちを襲ってきていたルシファーが勇希たちを助けたなど、にわかには信じられない。けれどあの月夜に見たルシファーの愁いを帯びた瞳を思い出す。あの時、ルシファーは目に見えるものだけが真理ではないと言った。あれはどういう意味だったのか?あいつは自分たちの本当の敵ではないというのだろうか?


「真津子が危ないところを助けてくれたの。それに、あなたを助けるために光の剣まで貸してくれて…」


「光の剣?なんだ、それ?」


「あ…うん。これよ」


そう言って勇希は窓の側に立てかけられていた長身の剣を差し出した。持ち手にはおそらく使い手の甲を守るためだろう上品なカーブを描くような装飾が施されている。まるでチタンのような黒光りのする鞘から抜いてみると、一点の曇りもなく研ぎ澄まされた両刃に光の顔が映った。


「エクスカリバーっていうんだって。昔、ルシファーが大事な人から譲り受けたものだって言ってた。光属性だから、あなたにはちょうどいいかもしれないって…」


「そう…なんだ」


光は勇希の説明をぼんやりと聞きながら冷たく光る刃をしばらく眺めていた。光の剣、エクスカリバー。こんなものは見たことも聞いたこともないはずなのに、光の手にはなぜか不思議としっくりくる。まるで以前、これと同じものを自分も持っていたような、そんな感覚にとらわれた。

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