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第十九章:嫉妬(6)

「くそっ!まだ追ってきやがる!」


敬介がバックミラー越しに見える煙龍に悪態をついた。敬介が運転する4WDは猛スピードで町の路地を走り抜け、町外れの山道を登っていた。できるだけ関係のない人間を巻き込まないようにとの配慮だが、速度計は80キロを越えている。くねくねと曲がった細い山道は舗装してあるとは思えないほどでこぼこで、車が横転しないのが不思議なぐらいのひどい揺れだった。


「どんな道でも揺れを感じることのない快適な乗り心地」と謳っている新世代のサスペンションもこんな状況では全くあてにならない。追手から逃げなければという強い気持ちがなければとっくに車酔いを起こしていただろう。


「敬介、もっと速度あげて!」


「ばか言うな!こんな道でこれ以上あげたらコントロールが聞かなくなっちまう!!」


無理な要求をするつくもに敬介も苛立ちながら叫んだ。このままだと煙龍にやられるか、車が横転して事故を起こすか。どちらにしろいい結果にならないことだけは確かだ。


「だけど、ぜんぜん振り切れてないじゃ…」


「しゃべるな!舌噛むぞ!」


「ううう〜〜〜。遅いよ…」


がくん、という衝撃と共に舌を思いっきり噛んだつくもが涙目で呟いた。


「まったくお前は…よし、山道を抜けるぞ!」


そうする間にも煙龍はぴったりとくっついてきている。時折その大きな口を開け、車ぎりぎりに攻撃をしかけてくる。その度に地面が吹き飛ばされ、車が嫌なきしみをあげる。


「ねえ、あの龍、私たちをどこかへ誘い込もうとしてるんじゃないの?」


何ごとか考えていた勇希が後部座席でぽつりと呟いた。


「え?」


「だって、車に当らないよう、ぎりぎりのところを攻撃しているような…」


「そういえば…」


勇希の言葉にレルムが眉根に皺を寄せながら外の様子を伺った。金と水色のオッドアイも今は涙で充血して、瞼は痛々しいほど真っ赤に腫れ上がっている。大切な師匠の死に泣き叫んだせいで、声はかすれていた。


車はいつの間にか山道を抜け、海の側の広い舗装道路を走っていた。山道を抜けた途端、煙龍は攻撃をやめ、ただ付かず離れずの距離でついてきている。まるで、この道が一本道で他に逸れることが出来ないことを知っているようだった。この道が通じている唯一の場所と言えば…。


「敬介!前!!人が!」


レルムが考えを巡らせていた矢先、つくもが突然金切り声をあげた。


「なに!うわあああっ!」


車の前に突然、人が飛び出してくる。迫り来るヘッドライトに菖蒲の姿が照らし出され、敬介は急いでハンドルを切った。車はキー!!っと甲高い不快な音をたてて道を大きく左に逸れる。勢いのついた車はそのまま横転した。堅い地面にぶつかる金属音と割れるガラスの音、エアバッグの弾ける音などがごちゃ混ぜに勇希の鼓膜を突き破った。


「ちっ…くしょう…。みんな、大丈夫か!」


血の流れる頭を押さえながら敬介が叫ぶ。


「うにゃ。びっくりしたぁ」


「だっ、大丈夫…」


「なんとか、生きてるみたい…」


三人の声に敬介はふっと息をつくとシートベルトを外して割れた窓からなんとか這い出した。他の三人もそれに続く。敬介はさっと周りを見回すがどこにも菖蒲の姿はない。それどころか、そこまで追ってきていた煙龍の姿さえ見当たらなかった。


「なんだ…。あいつら、あきらめたってのか?」


敬介が拍子抜けしたような声をあげた時、背後で大きな爆発音が響いた。はっとして四人がそちらを振り返ると、灯台がある方向で大きな煙があがっているのが見える。四人はまるでそれが合図とばかりにその方向へと駆け出していた。




***




砂煙がおさまった跡に灯台の影はもうどこにもなく、ただの瓦礫がころがっている。その中央に二つの人影が見えた。蝋人形のように生気を持たない顔をした光。苦虫を噛み潰したような笑みを中途半端に貼り付けた真司。二人は何事もなかったかのように、瓦礫の中にじっと立ち尽くしている。


「大丈夫ですか」


耳元で男の声が聞こえた。真津子は驚いてその方向を振り返る。真津子はいつの間にか背に黒い翼を生やした男に抱きかかえられていた。つやのない長い緑の髪。骨と皮しかないのではないかというほど痩せこけた肢体。糸のように細い一対の目が真津子を見下ろしている。


「ルシファー…?」


「よかった。どうやら間に合ったようですね」


そう言って真津子を地面に降ろしたルシファーは突然苦しそうなうめき声をあげてその場にうずくまった。


「ちょっと、大丈夫?」


見ると、ルシファーの右肩が酷く焼け爛れている。あの爆発から真津子を助け出した時にかすってしまったのだろう。心配する真津子にルシファーは浅く肩で息をすると不敵に笑って見せた。


「心配はいりませんよ。なにせ私は不死身ですからね…ただ、少しダメージが大き過ぎるようです…。この身体で光を止めることは残念ながら…」


「なぜ、私を助けてくれたの…」


「ふっ。そんな顔しないでください。どうやら仲間が助けにきてくれたようですよ」


「え?」


ルシファーの言葉が終わらないうちに、どこからか人の走ってくる音が聞こえてきた。はっとしてそちらを振り向くと、勇希たちが転げるようにこちらに向かって走ってくるのが見える。


「真津子!おまえ、こんなところに…って、ルシファー!!」


いち早く二人の傍に近づいた敬介がルシファーの姿に殺気を纏う。


「ち、違うの敬介、ルシファーは私を助けてくれて…」


「な、んだって?」


「ちょっ、あれ、光じゃない?!」


少し遅れてやってきたつくもが真津子の背後にいる人影に気付いて声をあげる。


「それに、もう一人…あれはいったい?」


勇希の問いに真津子は自分の叔父だと手短に答えた。


「真津子の叔父さんと光が一体なんでこんなところに?」


「みんな、散って!光の様子がおかしいにゃん!」


敬介の質問を遮ってレルムが叫んだ。その直後、六人が集まっていた場所にまた大きな爆発が起こる。散り散りに避けた勇希たちがその攻撃を放った人に驚きの表情を向けた。

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