第十九章:嫉妬(2)
「なんかおかしいぜ、あいつ。リオンが現れてからずっとそうだ。だいたいリオンだって怪しいじゃねぇか。突然どこからともなく現れて、地下牢に閉じ込められていた勇希を助けてくれるなんてさ。やっぱり、リオンは菖蒲とグルなんじゃないのか?そして、もしかしたら真津子も…」
「馬鹿なこと言わないでよ!」
突然ヒステリックに叫ぶつくもに敬介がはっと目を見張った。
「真津子が…真津子が裏切り者だなんて…」
とたんに涙声になったつくもは溢れてきた涙を見せまいとふっと顔をそむける。
つくもの前世であったクルツは五大戦士の一人でありながら、陰で敵と接触を持っていたという。敬介たちがそれを知ったのは二年前のことだった。
二年前の戦いの中で、敬介は梗平からつくもが「ダブルエージェント」として働いていたことを知らされた。あの時は最終決戦の前で、早くダコスに捕えられた勇希を助けなければいけなかったから、心に引っかかりを残したまま時だけが過ぎてしまった。ダコスが封印されてまたいつもの日常に戻ってからも敬介はなんとなくそのことを聞きそびれたままでいたのだ。
別に敬介はそのことを責めるつもりだったわけではない。気になりながらも今まで聞かずにいたのは、もうそれが過ぎたことだったからだ。
現に二年前の事件では、最終的に勇希を助ける力になってくれた。もしかすると、はじめのうちは勇希を敵に明け渡そうとしていたのかもしれない。
けれど、あの戦いの中でつくもはカミンに再会し、どうやら前世でのクルツの裏切りを知っていたらしいカミンはつくもを許した。その結果、つくもは敬介たちと勇希を助け出し、それ以来、勇希ともいい関係を築いている。今更昔のことを掘り起こしたところで誰が得するわけでもない。現世で犯した過去の過ちでさえどうしようもないと言うのに、前世の過ちまで持ち出されてはたまったものじゃないことは敬介もよくわかっていた。わかっていたからこそ、これまで一度も言葉に出さなかったのだ。
だけど、あの時一瞬でも抱いた猜疑心は、敬介が思っているほどそう簡単に忘れられたわけではなかったらしい。だからこそ、本人も気付かないうちに、今この場にいない真津子につくもの過去を重ねてしまったのかもしれなかった。
「ごめん、俺は、そんなつもりで言ったんじゃ…」
慌てて否定するが、つくもは後ろを向いたっきり黙りこんでしまっている。助けを求めるように周りを見渡すと、敬介の軽率さにあきれた視線が向けられている。
「そんなことより、心配なのは連絡がつかないことね」
勇希は顎に人差し指をあてながら注意深く口を開いた。
「え?」
「以前にもこんなことがあったじゃない?どうしても彼女にだけ連絡がとれなかったことが…」
そう言われてつくもがはっと顔をあげた。
「光がリオンに呼び出された日か!」
敬介の言葉に勇希はうなずいた。あの時、つくもが連絡を取れなかったのは、真津子がリオンの支配下にあったからだった。また真津子の身に何か起こったのでなければいいのだけれど…。頭に浮かんだ言葉を打ち消すように勇希は頭を振るとすでに真っ暗になってしまった窓の外に視線を移す。
「あれ、なんだろう?」
その時、外に不可解なものを見つけた勇希が不信な声をあげた。
「なんだ?なんかあるのか?」
「わからない。けど、何かいるような…」
敬介が勇希の背後から外を覗いてみると、地面を覆った白い雪が暗闇の中、蒼い月の光を受け眩く輝いているのが見えた。この地方では冬でも雪が舞うことは珍しく、稀に降っても積もることはまずなかった。
「なんだ、珍しいな。妙に冷えると思ったら雪が積もっているんじゃないか…」
そう言って視線を向かいの家の屋根に向けた敬介は、何かがおかしいことに気がついた。満の診療所の前の小さな庭は真っ白な雪で覆い隠されているというのに向かいの屋根は真っ黒なままなのだ。驚いて他の場所に視線を向けてみた敬介がはっと息を呑む。目の前では確かに粉雪が舞っているにもかかわらず、少し視線をずらした先にはただの暗闇が広がっているばかりだった。
「こいつは雪、じゃねぇ…」
「え?」
敬介の言葉に勇希が振り返ったその時、背後にその雪の正体が浮かび上がった。大きな金の瞳がこっちを睨んでいる。瞳孔が猫のように異様に細かった。
「勇希!!」
何かに気付いた敬介の叫び声が夜の闇に吸い込まれていった。