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第十八章:悪夢(ナイトメア) (2)

「・・・・・」


レルムは誰かの低い話し声に目が覚めた。辺りはまだ暗く、薄いカーテンを通して青白い月の光が部屋をぼんやりと照らしている。まだ覚めきらない頭でぼんやりと辺りを見回した。質素な寝室には木造の小さな机が一つ、小窓の下に置かれている他は特に何も見当たらない。その机の上には小さな空瓶が数本並んでいた。


「あやや。ここ、どこだっけ?」


見慣れない風景にレルムはぼんやりと呟く。しばらくして数週間前にとある道場でずっと探していた光をついに見つけてそのまま付いて来たことを思い出した。今レルムがいるのは加瀬診療所の奥にある光が使っていた部屋である。小さな診療所にはくたびれた長椅子が一つ置かれただけの殺風景な待合室に診察室と薬の調合をする部屋が一つずつあり、その奥には亡主が使っていた部屋と台所に風呂、そして以前は物置になっていたこの部屋という造りになっている。


「満さんが使っていた部屋は使えないんだ。そうすることで、あの人が戻ってくると思っているわけじゃないけれど、それでもあの部屋は、そのまま残しておいてやりたいから」


そう言って無理に押しかけてきたレルムに光は自分の部屋を明け渡した。そんなことをする必要はないと言ったのだが、光は頑として聞かなかった。その日以来Aレルムはこの部屋を、そして光は待合室を寝床に奇妙な同棲生活を始めている。


「あっちゅん」


急に体が冷えてレルムはおかしなくしゃみをする。それもそのはず、見れば足元に毛布が包まってベッドから落ちかけていた。寝るときはきちんと被っていたはずだから、きっといつもの寝相の悪さで蹴飛ばしたのだろう。急いで体を起こすと毛布をひったくって首までひっぱりあげると春の日差しのような柔らかな光の匂いがした。


「ふみゅう」


レルムは目をこすりながら毛布を鼻のところまで持っていくとかすかに残っている光の匂いを肺一杯吸い込んでみる。そうするとまるで母親に抱かれているような、なんとも言えない暖かな気持ちになるのだった。レルムの脳裏に小さな赤ん坊を抱いていた傷だらけの少年の姿が浮かんだ。


「今のあの子にはいい仲間がいる…。もう、レルムがいなくても大丈夫なのかな」


毛布から伝わる暖かさを感じながらレルムは半分ほっとしたような、それでいてどこか淋しそうな声で呟いた。光は案の定、何も覚えてはいない様子だったがレルムが光に会ったのはあの道場が初めてというわけではない。遠い昔に一度だけ、言葉を交わしたことがあったのだ。その時の光はどうしようもない窮地に立たされていて、まるで手負いの野犬のような目をしていた。見かねて手を貸してしまったあの日から、ずっと自分がしたことが正しいことだったのか気になっていたところ、最近になって何かとても嫌な予感がレルムの頭を捉えて離さないようになった。それで光を探すことにしたのだが、今の光に以前ほど逼迫した様子はない。真剣を使ってまで訓練していたことが少し気にかかりはするが、今はちゃんと五大戦士時代の仲間もいるようだし、特に警戒しないといけないような危険はこのところおこっていない。自分の取越し苦労だったのだろうか。


「でも、それじゃあれは一体…」


レルムが何か一人ごちた時、突然外が明るく閃いた。一瞬遅れて大地が揺れるようなひどい雷鳴が轟いたかと思うと、続いて地に穴を穿つような酷い雨が降り始める。


「ひゃあっ!」


その音に驚いたレルムはベッドから跳ね起きると一目散に部屋を飛び出した。文武両道、その戦闘能力は大の大人が十人かかってもかなわないと言われ、恐れられてきたレルムだが、雷だけは大の苦手なのだ。泣きそうな顔で入り口に近い待合室に走ったレルムは一歩踊り場に出ると何か異形なものを目にしてその場に立ち尽くしてしまった。


部屋の中央に暗い影が渦巻き、その中にこちらへ手を差し出す人の姿があった。それは若い女性で、その虚ろな目を見れば何かに憑かれているのは明らかだ。その前に紺碧の髪をした青年が魅せられたように立っている。藍色の瞳の中で、闇よりも暗いその渦が妖しく輝いていた。


「光、だめにゃん。そいつは妖魔か何かの類。ついていってはいけないんだにゃん」


そう叫んでみるが外の雷鳴の音にレルムの声など簡単に掻き消されてしまう。レルムはきっと唇を引き締めると、いつも肌身離さず持っているハートのポシェットに手をかけた。しばらく口の中でもごもごと何かを呟いていると、ただのポシェットが薄い光を放ち出し、見る間にその形を変えていく。ものの数秒でそれは一本のワンドに変わっていた。レルムの趣味だろうか、杖はうっすら桜色をしており、上部はハートの形に捻じ曲がっている。そうしてレルムの手が触れているより少し上のところでは、どういう構造になっているのか柄の部分とは完全に離れたところで小さな二枚の白い翼がひらひらと頼りなげに動いていた。

そのいかにも子供のおもちゃという風体のワンドに渦の中の女がこちらを振り向く。


「あれ、レルム?どうした?」


女の視線が外れたことで意識が戻ったのだろう。光が状況を全く理解していないらしいのんびりとした調子で聞いてくる。


「どうした?じゃないにゃん。早くその女から離れるにゃ」


「は?なんのこと言って…げげっ!!」


レルムの指差す方向に目を向けた光は大きな声をあげるとさっと後ろへ飛び退いた。

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