第十七章:魔道士見参!(3)
「ね、この人たちウザいからあっち行こう」
「え?…え?」
「ほらみろ、やっぱりかわいくねぇガキじゃねえか」
敬介がぼそっと勇希に囁いた。
「あ、いや、まだ稽古の途中だから。それに、この人たちは僕の友達だから、みんなにもどういうことか話してくれないかな」
そう光が優しく少女を諭すと、少女は素直にこくんと頷いた。
「あたいはレルム。世界最強の魔道士だにゃん」
「はあ?」
得意そうに胸をそらしてそう宣言するレルムに四人は顔を見合わせる。
「魔道士ぃ?あんたみたいな子供がぁ?」
半ばあきれたような顔で聞き返すつくもにレルムは機嫌を損ねたようでむっと眉を寄せて睨み付けた。
「そうだにゃん。あたいは元々、紅劉国で五大戦士に選ばれるはずだったにゃん。なのにケラとかいうどっかの馬鹿が間違って選任されちゃったのにゃ」
「え…」
それを聞いた敬介が青褪める。事情のよくわかっていない光だけがきょとんとした顔をしてレルムの大きな瞳を見つめた。
「なっ、なに出鱈目言ってんじゃ…」
「ふにゃ?嘘じゃないにゃん。ちゃんと大臣に聞いたにゃん。けど、正式な仕官命令が出た後では、たとえ間違いとわかっていても変更は行われないシステムになっていたから、どうしようもないって」
とんでもない濡れ衣に慌てる敬介にレルムはぴしゃりと言ってのけた。
「はあ。確かに言われてみれば、仲間内で一番足をひっぱっていたのはこいつのような…」
レルムの言うことを真に受けたのか、つくもまでがそんなことを言い出す。
「お、おいおいおい。冗談だろ?俺はそんな…」
確かに、いろんなところで敬介はがんばってはいるが、お化けとか子供っぽいものに弱く男なのに妙に涙もろいとこがあり、直情的なために真津子や満になだめられることもしばしばで、他の仲間のお荷物になってしまうのは勇希も敬介も同じようなものである。明るく楽観的な性格のため、いいムードメーカーになってはいるが、皇女の護衛役としてはいささか信頼にかけると言われれば、それは否定できない。つくもの言葉に情けなく声をあげる敬介を勇希は困ったような顔で見上げた。
「よし、こうなったら勝負だ」
追い詰められた感のある敬介は、意を決したようにそう宣言した。
「ええ?」
その言葉に皆が驚いたように敬介を見るが、敬介の顔はいつになく真剣そのものだった。
「勝負って、あんた…」
「今、ここで、俺と仕合しろ。それでどちらが本当にふさわしかったのかはっきりするだろ」
敬介が緊迫した固い声でそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。あんた、自分で何言ってるかわかってんの?さっきの光たちの仕合を見たでしょ?あの勇希は、この子が操ってたんだよ。違う?」
確認を求めるつくもにレルムはこくんとうなずいた。
「あんな攻撃、あたしだってどこまで防げるかわからない。光だからあそこまで渡りあえたんだ…。あんたじゃ絶対無理だって…」
「そ、そうだよ。それにほら、今日はせっかくここを使わせてもらえるんだし…。これ以上仕合なんてやってたら、私の稽古の時間、なくなっちゃうよ」
つくもの説得の言葉に勇希も追い討ちをかけるようにそう言った。
「光はどうするにゃん?見ていくのかにゃ?」
「え?僕?」
突然意見を振られた光に、勇希とつくもがぶるぶると首がもげるのではないかというほど激しく首を振っている。
「あ、いや。僕はこれから仕事だから…」
慌ててそう答えると、レルムは片方の眉をつりあげて訝しそうに光を見つめている。だが時計を見ると、確かにそろそろ出かけないといけない時間だから、嘘ではない。みんなが休んでいる休日だからこそ、通常通り開いている店はいつも以上に繁盛するのだ。
「ああ、そうそう。そろそろ喫茶店の時間だよね〜。早く行かないと、遅れたらマスターにま
たうるさく言われちゃうよ」
これでうまく纏めてレルムをさっさと追い払ってしまおう、そう思っていたつくもはレルムの次の言葉で驚いた。
「んじゃ、あたいも行くにゃん」
「ええええっ!」
「光は仕事だって言ってんでしょ。な、なんであんたまで一緒に行くのよ」
「そうだ。お前は俺と決着をつけずに逃げるのか?」
「け、敬介!」
せっかく収まりそうだった話を元に戻そうとする敬介を半ば呆れ顔で見る勇希にレルムはちっちっと指を振って見せる。
「逃げる?とんでもない。そんなに望むなら手合せぐらいいつでもしてやるのにゃ。ただ、今ここで死に急ぐことはないって言ってるにゃん。それにせっかく会えた光とここでお別れってのだけはごめんにゃ」
そう言うと、レルムはゴロゴロと猫のように喉を鳴らして光の腕にしがみついた。
「あのねぇ、だから、職場に関係のない人が、それもあんたみたいな子供がついていけるわけないっしょ?」
つくもは困った顔をしてなんとかレルムを説得しようとしたがそれは無駄だった。
「ふぇ?だって光の職場って喫茶店なんでしょ?ならレルムはお客さんだから、行っても問題ないにゃん」
とレルムは金と水色のオッドアイをくるくるまわしながら勝ち誇ったように答えた。
「いや、ま、それはそうなんだけど…」
「んじゃ、いこっ!まったね〜!」
上手く言いくるめることが出来たレルムはご機嫌で光の腕を引く。後に残された三人はまだ呆気にとられたまま呆然と二人の後ろ姿を見送っていた。
***
(そろそろ動き出すのか…。果たして今のこやつらの手に負えるのか。いや、例え負えなくても、こやつらはなんとしても来るべき困難を越えねばならん。超えられなければ、その時は…)
そんな三人の後姿を見つめながら灑蔵は深いため息をつく。
(その時は…この世の終わり…じゃからのう)
灑蔵は足音を立てることもなく、まるで靄が朝日に溶けて消えていくかのように誰にも気付かれぬまま道場を後にした。外に出ると、眩しい陽の光が地上に惜しげもなく降り注いでいる。道場の入り口脇に一輪の名もない花が咲いていた。小さな命が一生懸命にその生涯を生きようとしている。
どうかその命の炎が燃え尽きることのないように…
灑蔵は心の中でそっと祈りをささげるとゆっくりと母屋のほうへと消えていった。




