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第十六章:風の知将(5)

リオンの奇妙なほど優しい声がそっと真津子の耳にそう囁くと、真津子は黙ってうなずいた。何を終わりにするのか、リオンの意味がわからず立ち尽くしていると、真津子は突然穏やかだったその顔に般若のような狂気を貼り付けて光のほうを睨みつける。その白い手がさっと上に上げられたかと思うと、壁で燃えていた松明が一本、光目掛けて飛んできた。


「っ!」


既の所で横に飛び退いてそれを避ける。炎の一端が髪をかすったのか、ドライヤーに絡み付いて焼き焦げる髪の毛のような匂いがした。


「いったい…」


どうしたんだ、と聞く間もなく別の松明が飛んでくる。それを見事なまでに次々とかわしながら、けれどどうすることもできずにいる自分に光は舌打ちした。


「真津子さん!やめろ!正気に戻るんだ!」


何本かの松明を避けた光がそう真津子に叫ぶが、真津子にはリオン以外の声は聞こえていないらしかった。リオンがまた何か真津子の耳に囁いたかと思うと、次は十数本の松明が一斉に光目掛けて襲い掛かってきた。


「やめろー!!」


そう叫んだ時、光の体から眩しい青い光がほとばしり、ものすごい勢いで向かってきていた松明は一本残らずその光に弾き飛ばされた。だが、その中の一本が、今度は真津子目掛けて飛んでいく。はっとした光が意識を集中させると、それは真津子の目前数センチのところでぴたりと止まり、そして堅い地面へと落ちた。それを見たリオンは感心したように目を細める。


「へえ?君、気が使えるんだ。それもちゃんとコントロールできている。これは面白くなってきた」


そんなリオンを無視すると、光は真直ぐに真津子の瞳を見据える。そこにはかすかな動揺が垣間見えた。今なら説得できるだろうか。今なら自分の声が届くかもしれない。


「真津子さん、頼むから、僕の声を聞いてくれ。いったいどうしちまったんだ?正気を取り戻してくれ。こんなの、あなたらしくないじゃないか。僕と一緒にみんなの元へ帰ろう。な?」


「ちっ。もう嗅ぎ付けられたか」


必死に説得する光を嘲笑うように見ていたリオンが、ふと何かを感じ取ったのか軽く舌打ちする。だがしばらくして何か思うところがあったのか、にやりと唇の端をあげた途端、光の目の前に巨体の男が現れた。


「満さん?!」


巨体の男は満だった。光に名前を呼ばれた満は驚いたようにこちらを振り返る。光の声に驚いたのは満だけではない。今までほとんど反応を示さなかった真津子が、先よりもさらにひどい動揺をその表情に浮かべた。


「み…ち、る?」


その紅い唇が巨漢の仲間の名前を口にする。だが、真津子の反応はそれまでだった。リオンの白い手がその肩に触れたとたん、また彼女の紫の瞳は精気のない、無機質なものに戻ってしまう。


「真津子!…リオン、やはり、お前か…」


様子のおかしい真津子の側で冷笑を浮かべて佇んでいるリオンを満はこれ以上はないというほど激しい憎悪を含んだ瞳で睨みつけた。


「あれ?どうしてそんな怖い顔をしているのかな?せっかくパーティに呼んであげたっていうのにさ」


睨まれた当の本人は相変わらず涼しげな顔をしてそんなことを言う。だが、そんなリオンの挑発に乗るほど満は子供ではない。満はリオンの軽口を無視すると、光の側まで来て無事を確かめた。


「気がちゃんと使えるようになったのか?」


「よくわからない。けど、もしこれが『気』というものなら、そうなのかもしれないな」


まだ光の体の周りに立昇っている青い気にリオンと同じ言葉を投げかける満に光は肩をすくめてみせた。


「そうか。光、お前はまだ攻撃するのをためらっているのか?」


「ただの敵なら、そうでもないかもしれない。けど、相手は真津子さんの昔馴染みのリオンなんだ。だから…」


素直に本音を言うと満はだろうな、とため息まじりにつぶやいた。


「なら気にしないで攻撃しろ。本物のリオンはとうの昔に死んでいる。どういうわけか知らんが、やつは霊魂のままここに現れたらしい」


「なんだって?」


満の言葉に驚いていると、リオンが楽しそうに笑い出した。


「さすが知将のチドル。簡単に見破られてしまったようだね。そうさ、ボクはあんたたちのようにこの世界に転生してきたってわけじゃない。昔の恨みをはらすためにここにこうしているだけの存在さ」


「昔の恨みって…」


「あいつは昔、真津子の前世だったマホーニーに殺されてるんだ」


「なっ・・・。そんな・・・?」


信じられないような満の言葉に光は言葉を失った。四人の間にまた冷たい風が通り抜ける。その時のことを思い出したのだろう、揺れる炎にリオンの銀色の瞳がふと深い哀しみの色に染まった。


「そうさ…。あれは、ずっと昔のことだ…」

まだ続きます。

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