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第十六章:風の知将(4)

夕陽に照らされた部屋の中で、つくもは携帯電話を片手に行ったり来たりしていた。既に記憶されている短縮ダイヤルを押すのももどかしく、勇希たちに連絡を取った。勇希と敬介はすぐにつかまったが、普段一番頼りになる真津子とはまったく連絡がとれなくなっていた。


真津子の身になにかおきたんじゃ…。でも、一体何が?あの電話は真津子ではなかったのか。いや、そんなはずはない。けれど、もしあれが本当に真津子からの電話なら、一体光の身に何が起きたというのか…。


つくもは落ち着きなく爪を噛みながらぐるぐると同じ質問を頭の中で繰り返す。


確かにつくもが電話越しに聞いた声は真津子のものだった。もし本人でなかったとすると、誰かが真津子の携帯を使い、その声音を真似してつくもに電話をかけたことになる。その証拠につくもの携帯の着信履歴にもその番号が残っている。つくもが出た時は真津子の声に変わったところは感じられなかった。だがつくもに代わって電話を取った直後に光が消滅した。その直後から真津子の携帯は機能さえしていない。真津子の会社のほうにも連絡をとってみたが、結果は同じだった。めずらしく上司の足取りが掴めないことに慌てる秘書に自分の連絡先を伝えると、最後につくもは満の診療所の番号が入っている短縮ダイヤルを押した。


「ちょっと、こんな時になにぐずぐずしてんのよ!」


三回目のベルで出た満につくもはささくれ立った気持ちを一気にぶつける勢いで怒鳴りつける。そんなつくもに面くらいながらも、勘のいい満はすぐに状況を察知すると何があったのか落ち着いて話すようにと促した。つくもの話を一通り聞いた満は敬介と勇希に連絡をつけるようつくもに指示すると、一足先に勇希がリオンとともに真津子たちに発見された場所へと向かった。光の転移先がそこであるという決定的な証拠があるわけではない。けれども満の心は今回の件にリオンが関係していること、そしてその行方をたどるにはリオンが勇希を案内したという秘密の通路を探す必要があることを確信していた。



***



薄暗い洞窟の中、三人はお互いの心中を探りあうようにしばらく無言のまま対峙していた。こころなしか通路を通り抜ける風が先ほどよりもさらに温度を下げたような気がする。どうして二人がここにいるのか、リオンが一体何を考えているのか、そして真津子はどうしてしまったのか―。次々と浮かんでは消えていく疑問をどう切り出そうか考えあぐねていると、リオンがふっと口元を緩ませた。


「ボクたちがどうしてここにいるのか聞きたいんだろう?」


「教えて、くれるのか?」


慎重に答える光にリオンはまた苦笑した。


「随分警戒しているようだね。ま、それは正しい選択ではあるけれど」


そう言って傍らの真津子に視線を移すと、真津子の体が大きく一度痙攣した。まるで電気仕掛けのロボットに電源を入れたかのように、無反応だった真津子の瞳に少しずつ妖しい光が宿っていく。しばらくしてこちらに目を向けた真津子の顔は、まるで心のないマリオネットのように無表情だった。


「警戒が正しい選択、ということは、やはり君は僕を狙う刺客なんだな?」


真津子の知り合いが刺客なら今まで以上に抵抗することなどできはしない。けれど、ルシファーの言うとおり、抵抗せずやられてしまうのも正しい行為だとは言えないことを今の光は理解していた。それなら一体どうすればいい?それが分らず光の言葉も自然に硬くなる。そんな葛藤に気付いているのだろう、リオンはさらにおかしそうに目を細めた。


「もちろんさ。そうでなければわざわざ君をこんなところへ呼び出したりはしないよ」


どうやら光を転移させたのはリオンの仕業だったようだ。いや、真津子がここにいるということは、実際には真津子の能力を使ったのかもしれない。どちらにせよ、光にはリオンがどうしてわざわざこんな場所に自分を呼び出す必要があったのか、それがわからなかった。


「どうしてわざわざそんなことを…。いや、それより、ここはいったいどこなんだ?」


「ここかい?ここは…そうだね、人間世界と冥界をつなぐ通路、とでも言ったらわかるかな」


「冥界?」


「そうさ。尤も、君を守護するルシファーが統治している世界とはまた少し違った世界なんだけどね」


「ルシファーが僕を守護…だって?」


光はリオンの言葉に目を見張った。確かにこの間勇希が皆のもとに戻ってきた夜、ルシファーはらしくない言葉を光に投げかけていった。あの時の淋しそうな、どこか慈しむようなルシファーの瞳を光は忘れることができなかった。けれど、いつも光の命を狙って問答無用で襲い掛かってきたルシファーが、光の守護者であるはずがない。だが、リオンは当然と言ったようにうなずいた。


「あいつがいなければ、ボク達の仕事ももう少し楽に終わったんだけどね。マホーニーに君を殺させようにも地上だったら必ず邪魔が入ってしまうだろう?『深き闇』だけでなく、五大戦士の生まれ変わりにまで君は人気があるようだからね。ただの人形のくせにさ。だから、わざわざボク達の領域に君を呼んであげたってわけ」


苦々しげにそう言ったリオンは相変わらず無表情のまま傍らに立つ真津子の腰をそっと抱くと、意地悪そうな笑みを浮かべた。触れられて初めてリオンが側にいることに気がついたのか、真津子はリオンを見ると幸せそうな、けれどどこか不自然な笑みを浮かべて抱きついた。


「ちょっと待ってくれ。ルシファーも僕の命を狙っているんだ。そんなやつが僕の守護者のはずがないだろう?それとも、あいつ以外にも僕の命を狙っている者がいて、それが君の仲間だというのか?それに、『深き闇』って一体なんのことだ?」


リオンの話は光には解せないことばかりだ。どう考えてもあのルシファーが自分を守ろうとしているはずがない。もし、リオンが言っていることが本当だとするならば、おそらくルシファーとリオンの仲間は目的を同じくしつつ、互いは対立しているということではないのか、それが光の考えついた理屈だった。けれど、リオンはあっさり首をふって光の推理を否定した。


「君はなんにも知らされてはいないんだね。五大戦士と同じように」


嘲笑うようにそう言ったリオンは薄く笑いながら、傍らに寄り添う真津子へ同情の目を向けた。


「まあいいさ。どうせ君は消えゆく存在。それが君に与えられた運命だ。理由を知ったところで君を救うものなんてないんだからさ」


リオンは優しく真津子の長い黒髪を撫でる。それが気持ちいいのか、真津子はまるで主人に撫でられて喜ぶ猫のようにその目を細めてじっとしていた。


「マホーニー、そろそろ、終わりにしてあげようじゃないか」

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