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第十六章:風の知将(3)

部屋に流れる沈黙を破ったのはつくもの携帯だった。最近流行りのヒットソングを着メロにしているらしく、かわいらしい軽快な曲が唐突に流れ出す。あまりにも今の状況に場違いなその音色につくもは決まりの悪いような照れた笑みを浮かべながら受信ボタンを押した。


「はい、ああ、なんだ、真津姉か、どったの?」


電話の相手はどうやら真津子のようだった。他人の電話に聞き耳を立てるのは失礼な気がした光がそっとその場から離れて窓の外を見ていると、つくもがピンクの携帯を自分のほうに差し出してきた。


「何?」


「真津子。あんたと代わってくれって」


光は言われるままにつくもから電話を受け取ると、つくもの手で温まったそれを自分の耳にあてる。


「はい、代わりました。光ですけど」


『やあ、光君。君を探していたんだよ』


ところが、受話器から流れてきた声は真津子のものではない、どこかその声音に狂気のようなものを漂わせた若い男の声たった。


「?…あの?どちらさまですか?」


光の怪訝な応答に、テーブルを片付けようとしていたつくもがその手を止めて振り向いた。


『ボクかい?ボクはリオン。この間、君の大切なお姫様を助けてやったリオンだよ』


「リオン?ああ、真津子さんの友達の…」


『友達?違うな。ボクは彼女にとって友以上の存在だよ…』


電話の向こうのリオンと名乗る男はまるで自分の言葉に陶酔しているかのような、奇妙な笑い声をたてた。


「光、一体誰と話してるの?真津子じゃないの?リオンって一体…」


側に近寄ってそう尋ねるつくもに光は目だけで答える。


『悪いんだけど、今からこちらに来てもらえないかな』


「今から、ですか?一体どこに?」


『それはすぐにわかるよ』


リオンがそう言った瞬間、光は自分の体が揺らぐのを感じた。眩暈のような、周りの世界が消えていくような不思議な感覚に光は側にいるはずのつくもを見る。


「光!なに、どうしたの?これは!」


つくもの叫びがどこか遠くに聞こえる。光の体はまるで電波障害にあっている映像のように揺らぎ、そして消えていった。


「光!!」


今や何もない空間につくもは手を伸ばす。その手をすり抜けて、今しがたまで光の手にあったはずのつくもの携帯がぽとりと床へ落ちた。夕暮れの小さな部屋にツーツーと受話器から流れる空しい音が溢れ出す。テーブルの上には汚れたままの二人分のコーヒーカップが、まるで肩を寄せ合う怯えた小鳥のように並んでいた。



***



夕陽に照らされた暖かいつくもの部屋が視界から突然消えたかと思うと、薄暗い洞窟の中に立っている自分に気が付いた。どこからか冷たい風が流れており、かすかな潮とカビの匂いが鼻をつく。


炭鉱か何かの跡だろうか、薄暗い一本道が後にも先にも続いていた。


無限に続くかのように見える壁のところどころでは、人工的にしつらえられた松明がちろちろと橙色の炎を燃やしている。辺りを見回すと、恐らく外界との気温差のせいだろう黒い岩肌が汗をかいたようにしっとりと濡れていて、風で揺れる松明の光がまるで岩のように硬い皮膚を持つ得体の知れない巨大な生き物のように見せていた。


ここはどこなのか、一体どうしてこんな場所に来てしまったのか。


途方に暮れていると、硬い足音がこちらへと近づいてくるのが聞こえた。その不規則な音から足音の主が二人だということがわかる。しばらく身じろぎもせずに様子を伺っていると、ほどなくして光の前に二人の男女が現れた。


明かりになるようなものは何一つ持っていないにも拘わらず、二人の体の周りだけが、光度を落としたスポットライトを当てているかのようにぼんやりとした、気だるい光で照らされている。光の額から冷たい汗が流れ落ちた。


「やっと会えたね」


華奢な男がかすれた声をかける。彫りの深い秀麗な顔にはまるで生気がなく、横から生えた先の尖った両耳が、まるで獲物の動きを捉えようとするかのようにぴくぴくと動いている。三つ編みに編んだ長い銀髪が松明の光を受けて奇妙に紅く輝いていた。


「リオン、だね」


光の問いにリオンは無言でうなずいた。直接面識はなかったが、勇希たちからリオンについての容姿は聞いていたし、側に真津子がいることでこの男がリオンであることは明らかだった。


相手は真津子の昔馴染で、しかも勇希を助けてくれたこともあるのだから、光が警戒する理由はないはずだった。けれど、出会った場所や状態、そして傍らに佇む真津子の様子から、光には今ここで二人に会えたことを喜んではいられなかった。


何かがおかしい―。


そんな確信を裏付けるかのように真津子の紫の瞳には松明の炎に揺らめく影さえも映ってはいなかった。

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