第十六章:風の知将(2)
「そんなに、似てるのか?」
自分のブラックコーヒーを見つめたまま、しばらくして光が思い出したようにぽつりとつぶやいた。暗い水面に映った自分自身の姿は、自分が思っていた以上に小さく、情けない存在に見えた。
「ん…。外的要素はもちろんだけど、それだけじゃなくて、もっとこう、なんていうか、内面的なものがね」
さっきとはうって変わった真剣な様子で、つくもは一つ一つ慎重に言葉を選びながら、ゆっくりとそう答えた。
「内面的?」
「そ。例えば行動や癖、あと、考え方もそうかな。そういったものが根本的に一緒なのよ、あんたたちはさ」
やっと飲めるようになるまで冷めたのか、つくもは残りのコーヒーもどきをごくごくと一気に飲み干した。
「だから、勇希は悩んでる」
「え?」
突然出てきた勇希の名前に光の心臓がとくんと大きな音を立てた。
「気付いてたでしょ?最近、あの子があんたのことを避けてるって。あの時、菖蒲の龍に連れ去られた時、菖蒲に聞かれたんだって。あの子がなんであんたのことにこだわるのか。もし、カミンの代わりとか思っているなら迷惑だ…って」
「それは…」
光はつくもの話に言葉を失った。けれどもつくもは構わず話を続ける。
「勇希はそんなんじゃない、って言ってた。もちろん、初めてあんたを街で偶然見かけた時は、カミンが生まれ変わったのかもしれないって考えてた。敬介もそう思ってたらしいしね。でも、いろいろと話をするうちに、あんたはカミンじゃないって気がついたって
「あの子だけじゃない。あたしも、他のみんなもそうだった。今は全然別個の人間だってわかっているつもりだけど、初めはカミンだと思って、それで近づこうとしたのは紛れもない事実だし。あんたが彼ならいいのにって、そう思ってしまうのも嘘じゃない」
「よっぽど、みんなに好かれていたんだな」
皮肉の混じった声に、言ってからしまったと唇を噛む。今ここに存在していないカミンが実際どんな人物だったのか、光にそれを知る由もない。ただ、つくもたちの話から想像するのみだ。けれど、今は亡きカミンを皆が未だに慕っていることはその口ぶりから容易に理解できる。それほどまでに仲間から愛されているカミンが光には羨ましく思えた。
「まあね。実際いい仲間だったから。誰よりも強くて優しくて…人の過ちを笑って許せる心の広い人だった」
その含んだ物言いに気がつかなかったのか、つくもは悪びれることなくそう言うと、窓の外に見える夕陽に穏やかな視線を移した。何か思い出しているのだろうか。緑の瞳が陽の光を受けて少し潤んでいるようにも見える。
「そうか…。それならみんなが慕うのも頷けるな。そんな人間はそう多くはいないだろう」
つくものそんな顔を見ていると、不思議と心に芽生え始めた黒いものがすっと消えていくのを感じて、今度は素直に言葉を紡ぐことができた。
「そうだね〜。敬介なんか同い年、あ、今は敬介のほうが上か。だけど全然、全く、180℃違うもん」
「比較しちゃ、敬介に悪いよ」
そう言って敬介の肩を持とうとする光をつくもは一笑する。
「あ〜、大丈夫。あいつもカミンには敵わないってわかってるし。あたしがカミンのこと、好きだったことも知ってるからさ」
そう言ってつくもはぺろりと舌を出した。
「ええ?だって、つくもは敬介の…」
「そ。今はね。でも昔はいろいろあったのよ。ま、あいつにはあいつなりにいいところがあるから、確かにそこんとこ差し置いてカミンと比較しちゃうのはかわいそうなんだけどさ。でも、やっぱあたしがやったことを考えるとさ、それでも仲間だって笑って言ってくれたカミンは他の誰にも敵わない。それだけは、確かなのよ」
つくもの瞳がみるみるうちに涙で一杯になっていく。その涙が雫になって零れ落ちないよう、つくもは顎をあげて天井を見上げた。
いつも元気なつくもがこんな顔をするなんて思ってもみないことで、光にはどう言葉をかけてやれば良いのかわからない。一体何がつくもをこうも動揺させているのだろう。つくもは何か取り返しの付かないようなことをして、それでも尚、普通なら許されないはずのないことをカミンは笑って許してくれたと言う。一体それはどんなことだったのか、興味がそそられないわけでもなかったが、こういうことは本人が自分から話さない限り、聞き流しておくのが筋だと思った。
「けどね、それ以上にあんたの考え方や行動が時折すごくカミンに似ていることがある。どうしようもなく、あんたにカミンの姿を重ねてしまうことだって…。だから勇希は胸を張って、そうじゃないって、菖蒲に言えなかったのよ」
暫くして落ち着きを取り戻したつくもはいつもの口調に戻るとそう言った。二人の間に長く重苦しい沈黙が流れる。
あの時、自分が生きる意味を見失ったとき、勇希は光に他の誰でもない、自分自身として生きればいいと言ってくれた。きっとあの言葉に嘘はない。本当に心の底からそう思って出た言葉なのだろう。けれど、その想いに相反する自分がいた。そのことに勇希は菖蒲の言葉ではっきりと気付かされたのだ。その矛盾に正面から向き合えない限り、勇希は光と向き合うことはできない、そう考えたのだろう。