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第十五章:戸惑い(6)

リオンが勇希を連れ去ったと真司から聞かされた菖蒲は怒りを隠せない様子で暗い部屋を忙しなく行きつ戻りつしている。真司は一計あって勇希を逃したのだと言った。真司の姪である真津子がいずれこの場所を突き止めることを未然に防ぐために致し方ない処置だと言うのだ。


「いいか、真津子にはそういう能力も備わっているんだ。あいつが勇希の気を探り当てたが最後、仲間が必ずここを攻めてくるだろう。そうなれば(いささ)かまずいことになる」


真司はいつになく真剣な表情でそう言った。


「そんなの、あたしの(えん)(りゅう)で追い払ってやるわよ」


そう強気で言い返す菖蒲を真司は一喝した。


「五大戦士をあまり甘くみないことだ。あいつらは並大抵の超能力者じゃない。今までに何人か刺客を送り込んでみたんだが、ただ一人として帰ってはこなかった。お前が一朝一夕で得た煙龍など、あいつらが束になればあっと言う間に消滅させられてしまうぞ。煙龍だけじゃない。それを操るお前諸共(もろとも)、だ」


既に刺客が何人も送り込まれていることを知らなかった菖蒲は真司の言葉に驚いて目を見開いた。あの五大戦士とかいう人たちがそんなに強い相手だったなんて…。あの巨漢の医者はともかく、他はそんなに強いようには見えなかっただけに誰一人成功せず、それどころか戻ってこなかったということに菖蒲は驚きを隠せなかった。それは任務をただ遂行できなかっただけではないという意味ぐらい菖蒲にもわかっている。そのことを考えると、あの五人が非情な殺戮集団のように思えてきて菖蒲は背中に冷たいものが走るのを感じた。


「それじゃあ、どうしろって言うのよ。院長が勇希を拘束しろって言ったのよ。それを勝手に逃がしたりして、これじゃ振り出しに戻っただけじゃない」


菖蒲はいまいましげに呟いた。


そう。これでは振り出しに戻っただけ。それどころか、光の秘密を知りながら今まで隠していたことと煙龍を使って勇希たちを襲い、拉致したことで菖蒲の立場は益々悪くなっている。それが菖蒲をこんなにもイラつかせている本当の理由だった。


どうしてあの場所に光が居合わせたのか、それは菖蒲には知る由もない。ただ、今、光が自分のことをどう思っているのか…。軽蔑されたのではないかと、そんな不安が菖蒲の頭を過ぎる。けれど、そんな不安はすぐに勇希への怒りへと変わっていった。


「あの実験体のことが、そんなに心配か」


真司は褪めた目で菖蒲を見下ろしている。菖蒲は光のことを名前ではなく、何かの標本のように言われたことにカチンときて目を見開いた。


「当たり前でしょ。光君のことがなければ、もともとあんた達に協力する理由なんてないんだから。それに今こうしている間にも、あの勇希って子は彼と一緒にいるに違いない。そんなのって、絶対に許せない」


勇希が光に何か酷いことをするとは思えなかったが、それでも二人が一緒にいると考えただけで菖蒲の心は嫉妬で狂いそうだった。今にもつかみかかろうとする勢いでそう言い返す菖蒲を真司はまあまあ、となだめる。


「とにかく落ち着け。俺たちの計画を進めるためには、まず真津子を消すのが先決だ。そのためには、どうしてもリオンをやつらの元に送る必要があったのだ」


「リオンってあの子供?あんな子に一体何ができるっていうの?」


リオンとは菖蒲も少しだけだが面識はある。幸か不幸かあの実験室を見つけたのはリオンのお陰によるものだ。一度も話したことはないが、大人しそうなまだあどけない少年という印象が残っている。イリュウ族とかいう人間とは異なる種族の子供だとかで、見かけは少し変わってはいるが、どこにでもいる幼子に過ぎないリオンの顔を思い出す。あんな子がいったい何の役に立つっていうの?訝しげに見上げる菖蒲に真司は冷たい笑みを浮かべた。


「リオンはあれでも一流の刺客として任をこなす裁量を持っているんだぜ。ただ、相手が五大戦士となるとそう簡単にはいかないわけだ。だから、まずあいつらに近寄ることが先決だ。もともとあいつは真津子とは昔からの知り合いで、かなり仲は良かったらしいんだが…、まあ、いろいろあったらしくてね。今いきなりリオンを送っても、門前払いか怪しまれて他の刺客と同じ運命を辿るのがオチってわけだ」


真司は傍のテーブルから葉巻を一本取り上げると、ライターで火を点けた。几帳面に手入れされた口ひげの下から白い煙が吐き出される。恐らく上質のものなのだろうが、紙煙草よりもずっと強烈な匂いに菖蒲は顔を顰めた。


「そこで必要なのが、勇希という女だ。彼女をリオンが助けてくれた、ともなれば真津子たちだって油断するに違いない。そうして油断したところを・・・」


真司は大きな手を首の前まで持っていくと一本立てた親指を水平にさっと走らせる。


GAME OVER。


そんな言葉が菖蒲の脳裏に浮かんでぞっとした。菖蒲の恐れを感じとったのか、真司はまたにやりと冷たい笑みを浮かべる。


「それに、光のことなら心配ないさ。院長が別の案を練っている。お前が彼を自分のもとに置きたいと望むなら、それを叶えてくれるそうだ」


「え?…ホントに?」


突然の真司の言葉に菖蒲は目を丸くした。確かに、このまま勇希を光の側にいさせるなんて我慢ができない。もし本当に光を自分の元に呼び寄せられるなら…。


「今、院長はどこに?」


「屋敷にいるそうだ。すぐに行って聞いてみるといいさ」


「わかった」


そう言って部屋を出て行く菖蒲がその後ろ姿をじっと見送る真司の冷たい視線に気付くことはなかった。


「バカな女だ。次の策が何かも知らずに」


一人残された暗い部屋で真司はそう呟くと、口元にまだ冷笑を張り付かせたまま部屋の中央に置かれた長椅子にその身を深く沈めて目を閉じる。大きく息を吐くと、胸元のポケットから涙の雫のような形をした小さな(いし)を取り出した。


闇の中で、それは自ら発光するかのように真司の掌の中で青白く輝いている。しばらく魅入られたようにそれを見つめていた真司は突然、堰を切ったように高らかに笑いだした。


「そうさ。万一、リオンが失敗した時のために、次の策は練っておかないとね」


そう呟いたその声はまるで冷気をはらんでいたかのように、周りの空気を凍らせていく。冷え切った暗闇の中、真司の狂った笑い声が高らかに響いていた。

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