第十五章:戸惑い(3)
リオンとマホーニーは幼馴染だった。リオンはこの星に、もともと住んでいたイリュウ族の末裔だった。イリュウ族とは、大きく尖った耳と、その背にちいさな羽を持つエルフのことを言う。リオンの家族はその昔、地球から移住してきたマホーニーの祖父母に住む場所を与え、仕事場まで見つけてくれた恩人だった。自分の力で生活ができるようになってからも、マホーニーの家族は新しい星での友の恩を忘れることはなかった。それからずっと、二つの家族は仲が良く、二人はまるで本当の兄妹のように育っていた。
二人はいつも、何をするにも一緒で、互いの家族はいつか二人が大きくなったら一緒になればいいと思っていた。リオンもマホーニーを気に入っていたし、マホーニーもまた、リオンの隣にいるのが当たり前になっていた。
マホーニーの祖父母がそうであったように、その昔、遠く離れた地球では自然災害が頻発し、世界に危機感を抱いた大勢の若者が別の惑星へと移住を始めていた。その頃開発されていた宇宙船は、まだいろいろと問題を抱えており、多くの移民が他の星へ辿り着く前に宇宙の塵になって消えていった。一部の強運なものだけが、イリュウ族を始め人間とは異なる部族の住むこの星にたどりついたのだ。
最初のうちは数の少なかった人間も、年月が経つにつれてどんどんその数を増やし、次第には原住民であるイリュウ族よりも大きな勢力になっていった。そうして建設されたのが紅劉国である。
後からやってきた人間に牛耳られることに最初は反感を持つものも少なくなかった。だが紅劉国に君臨した国王は何よりも民のことを考えていた。初代の国王はこう言った。皆が信じてくれるなら、我はこの身をかけてその想いに応えよう。もし我が嘘をついたなら、我はいかなる業火にも焼かれよう、と。
初代の契りは貫かれ、そしてその国王が打ち立てた外交政策により、隣接する国々から侵攻される恐れもなく、この国は以前にも増して安全で住みよい場所へと変わっていったから、正しい政治をする国王に、民間の多くは従った。代が変わってからも、初代の言葉は引き継がれ、次代の後継者には幼き時からその言葉を徹底的に叩き込まれるという。そういった教育方針も手伝って、代々の国王もまたその契りを守り、また彼ら一人一人の弛まぬ努力のおかげで、マホーニー達が生まれる頃には、紅劉国はどこの国よりも幸せな国になっていたのである。
リオンはイリュウ族に代々伝わるというビュートと呼ばれる不思議な楽器を持っていた。それは琵琶に良く似た弦楽器で人の心の傷を癒したり、逆に傷つけたりできる魔法の楽器だった。けれど、誰が弾いてもそのような効果が期待できるわけではない。特定の力を持ったものだけが、その不思議な力を発揮できるのだ。リオンはその力を持った、数少ない末裔の一人だった。
リオンはいつもそのビュートを弾いて聞かせた。性格の穏やかなリオンは、その力を使って、傷ついた人を助ける医者になりたい、と言っていた。
「それなら、私はリオンの助手になる」
大きな声でそう宣言するマホーニーをリオンは優しい瞳で見つめてくれた。
「ああ、そうだね。一緒にみんなを助けようね」
そう言っては、いつまでも優しい音色を奏でていた。二人は、なんの疑いもなく、そんな日が来ると信じていたものだった。
けれど、そんな幸せはある日突然訪れた。あの忌まわしい事件−満が言う民族戦争−によって。
「ボクが、怖い?」
淋しそうに呟くリオンの声にはっとして振り向いた。澄んだ水色の瞳が静かに真津子の紫のそれを見つめている。穏やかな水面のような瞳の中に、燃えるような灯が一瞬閃いたように見えた。
「ボクは君を助けるために戻ってきたんだ。ただ、それだけなんだ」
「護るって、一体誰から?」
「最近君たちの前に現れた男さ…紺碧の髪に藍色の瞳をした男を知っているだろう?」
リオンは真津子の瞳を真直ぐに見つめてそう言った。真津子たちが最近知り合った人間で、リオンが言った容姿にぴったり合うものは一人しかいない。真津子は驚いて思わず息を呑んだ。
「光くん?何言ってるの、彼は…」
真津子の言葉をリオンは片手で制した。
「誰か来るようだ。いいか、光を殺せ。あいつは信用してはいけない。いいね」
「あ、ちょっと…!」
真津子はどういうことなのか理由を聞こうとあわてて呼び止めたが、リオンの姿は闇に紛れてあっという間に見えなくなってしまった。