第十四章:妖精の唄(3)
「例の生まれ変わりのことだな」
あらかじめ、話を聞いていた灑蔵はすぐにぴんと来て言った。
「生まれ変わり、じゃなくてクローンだってば」
「何が違うんじゃ」
「いや、だからね…」
まともに説明しようとして、とまどった。
一体何が違うのか?自分はその違いを本当にわかっているのか。いや、そもそも、本当に違いは存在するのか。
わからない。今の自分にはわからないことだらけだった。
「違いはない…とわしは思うがな」
黙りこくってしまった孫の考えを読んだのか、灑蔵はゆっくりとした調子で話し始める。
「確かに、普通に生まれた者とその生を受けた過程は違うかもしれん。だが、肝心なのは器ではなく中身ではないのか?」
俯いていたつくもは祖父の言葉にはっとして顔をあげた。
「器が似ておる、それだけの他人ならいくらだっておるじゃろう。だいたいこの世には自分と似た顔を持つものが三人いると言うからな。親子や、双子、またはまるっきり赤の他人でもそっくりな器を持っている、というものはおる。だが、そいつらは同じ人間ではない、違うか?」
灑蔵は垂れ下がった上瞼の下に隠れた小さな瞳でつくもの大きな緑色のそれを見つめた。灑蔵の言うことは、いちいちもっともだった。外見がそっくりだからといって、同じ人間とは限らない。いくらカミンに瓜二つの人がいたとしても、その人がカミン本人であるという保証はどこにもないのだ。
「じゃが…」
つくもの反応を確認するように、一息おくと、灑蔵は続けた。
「お主が、かつてクルツという名で生きたお主が今、ここに安東つくもとしているように、その光とやらがお主の昔の仲間と同じ魂を持つものであれば、それは、同じ人間じゃとわしは思う」
「つまり、出生の過程がどうであろうと、そこに宿る魂は同じところから来ていると、そういうことなの?」
つくもの答えに灑蔵は無言でうなずいた。
「お主になら、そのものの魂の輝きが、同じものかどうかわかるはずじゃ。よいか、昔の器に惑わされるな。本質を見抜いておれば、何も迷うことなどなかろうて」
つくもはこの言葉に心にあった深い霧がさっと晴れていくのを感じた。本質を見極めろ。大切なのは器に宿っている魂そのもの―。
それならば、答えははっきりしている。あの輝きは間違うはずもない。一人納得していると、敬介がばたばたと騒々しく走ってきた。
「つくも!あ…すみません」
大声を出そうとしたところで側の小さな老人に気がついて、敬介は慌てて頭を下げた。
「なに、気にせんでもよい。何か大変なことがあったのじゃろう?」
てっきり騒々しいと怒鳴られるかと思っていた敬介は、灑蔵の以外な反応に鳩が豆鉄砲をくらったような間抜けな顔をした。
「こら、なんて間の抜けた顔をしておる。早く用件を話さんか」
灑蔵はそう言うと、持っていた杖でぽかんと口を開けて自分を見つめる敬介の頭を軽くはたく。頭を叩かれた敬介は一瞬はっとしたような顔をすると両手で頭を抑えてうずくまる。よほど強くはたかれたのか、目尻にはうっすら涙が滲んでいた。
「ちょっとおじいちゃん!」
見かねたつくもが中に割って入る。
「もう、そんなに強く叩かなくっても。これ以上頭が悪くなったらどうすんのよ」
めずらしく自分をかばってくれるつくもにそうだそうだと相槌を打っていた敬介の身体が最後の言葉にぴくりと反応する。
「そうそう…って、つくもてめぇ!…ぐえっ!」
ふざけて追いかけようとした敬介の頭を灑蔵の杖がまた命中した。
「いい加減、早く用件を言わんか」
灑蔵は小さな二つの目でギロリと睨まれた敬介はきっと真剣な表情に戻ると大切な知らせを伝える。
「ああ、そうだった。つくも、一緒に来てくれ。勇希が見つかった」