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第十四章:妖精の唄(1)

「ねえ、君」


途方にくれているところに、どこからともなく自分に話しかける声が聞こえてきた。


はっとしてそれほど広くない部屋の中を見渡すと、いつからいたのだろうか、部屋の角に幼い、長い髪を後ろで束ねた男の子が立っていた。


人間ではないのか、尖った大きな耳が髪の中から飛び出して、背には小さな蜻蛉のような半透明の翠の羽が生えていた。


「あなた、いつからそんなところにいたの?」


さっき菖蒲と話した時にはいなかった。


菖蒲が出て行ったあと、この部屋には確かに鍵がかけられていたし、その後、誰かが扉を開けて入ってきた様子もない。さっき月明かりが差し込む窓から外を確認してみたが、どうやらこの建物は断崖絶壁に建てられているようで、しかもかなり高いところに位置するのか眼下に広がる海はかなり遠くに見えた。つまりこの子が勇希に悟られず、この部屋に入れる隙などどこにもあるはずがないのである。


「いつって、さっきからいたんだよ。君がなかなか気付いてくれないから、声をかけることにしたんだけど」


いったいいくつぐらいなのか、男の子はやけにあどけない声でそう言った。


「一体どこから入ってきたの?」


更に質問する勇希に男の子は肩を竦めた。


「どこって、そんなの簡単だよ。地下空洞からここまで秘密の通路を通ってきただけさ」


言われてざっと部屋を一周してみたが、それらしいものなど見当たらない。


「地下空洞?秘密の通路?それって一体どこにあるの?」


と再び尋ねると、ウインクしながら「それを言ったら秘密じゃなくなるだろう」と悪戯っぽく答えた。


「あのねえ…」


「そんなことより、君は誰?なんでこんなところにいるのさ?」


あきれる勇希を尻目に相変わらず無邪気な声で尋ねる。


「私?私は奈波勇希。ある人に閉じ込められちゃって」


「ふーん。なんか、悪いことでもしたの?」


男の子の問いに思わず勇希は苦笑した。勇希が何か悪いことをして、そのお仕置きで閉じ込められていると思ったらしい。いかにも子供が考えそうなことである。


光に一瞬でもカミンを重ねて考えてしまったことは、やはり悪いことなのだろうか?


自分の曖昧な気持ちが菖蒲を、そして結果的に光を困らせているのだとすれば、悪いことなのかもしれないと思った。


「さあ、よくわからない」


「そっか、なんだかよくわからないけど、困ってるんなら助けてやろうか?」


「え?」


突然の申し出に、勇希は驚いて聞き返した。


「こっから出たいんなら、道案内してあげてもいいよ」


「それはうれしいけど、でもどうやって?」


さっき秘密の通路を通ってやってきた、と少年は言っていたが、そんなものはやはりどこにも見当たらない。けれど、少年は得意そうに鼻をこすると勇希の腕をひっぱると、ただの石で出来た壁のほうへと連れて行った。


「え?何?どうするの?」


勇希の問いには答えず、男の子が右手を石の壁に当てると、空間が歪んで目の前にぽっかりと大きな暗い穴が広がった。


「あなた、一体?」


「ボク?ボクはリオン。エルフのイリュウ族の生き残りなんだ」




リオンと勇希はどこまでも真っ暗な空間を進んでいた。勇希が閉じ込められていた部屋から持ってきた蝋燭のおかげでなんとか自分達の足元だけは照らすことができたが、その他は濃い闇に覆われて、いったいどんなところをどれぐらいの間歩いてきたのか、さっぱりわからない。


こんなところをこんな子供がなぜ一人で歩いてきたのか、不審なことはたくさんあったが、あのままじっとしていても始まらない。とにかくこのリオンというエルフに賭けてみるしかなかった。


「ねえ、リオン君」


少し心細くなって話かけると、先を歩いていたリオンは立ち止まって振り向いた。


「何?」


「リオン君はどうして私を助けてくれるの?」


どうしてあの場所に来たのかと聞いた時、リオンは内緒だと言って教えてくれなかった。だけど、自分を助ける理由ぐらいは聞かせて欲しい、そう思って聞いたのだが、リオンはただのきまぐれだと答えただけだった。


「きまぐれ、ねえ」


「なに?理由がないと助けちゃいけないの?」


納得いかない勇希にリオンはいたずらっぽくそう聞いた。


「いけないってことはないけど…」


勇希は言葉を濁した。まだリオンは本当に自分の味方なのか、それとも敵の罠なのか、わからない。けど、もし味方だとしたら、余計なことを言ってつむじを曲げられては叶わないし…。そう考えながら勇希はリオンの小さな後ろ姿を見た。背中で翠の羽根が時折ぴくぴくと動いている。


イリュウ族…か。まさかこの時代まで生き残りがいたなんてね。


確かにそういう部族がいたと言われているが、全員が遠い昔、紅劉国が建国されるよりもずっと以前に絶滅したと信じられていた。その理由は別の惑星から移住してきた人間によるものだと講義で聞いたことがある。中には酷い虐待を受けたものもいただろう。


本来なら、イリュウ族にとって人間は憎んで然るべき存在。リオンが本当にイリュウ族の生き残りだと言うのなら、その忌まわしき歴史を家族の誰かから聞かされているはずである。例えそれが大昔にあったことで勇希たちに非はないとしても、被害者側であるリオンたちにはそう簡単に忘れ去られることではないのだ。


それならなぜ、自分を助けようとする?


いくら考えても、その小さな背中からその答えを見つけることは出来なかった。


どっちにしろ、今はこの子に賭けるしかないか。


こんなところに一人置いていかれては、さっきの地下牢にいるよりたちが悪い。覚悟を決めるしかなさそうだ。そう勇希が一人納得した時、それまで黙って前を歩いていたリオンがぽつりと呟いた。


「そうだな。しいていうなら、君から昔の知り合いの匂いがしたから、かな?」


「知り合いの…匂い?」


それはどういう意味なのか聞こうと思ったとき、目の前が急に開けたかと思うと、夜の公園が目の前に広がった。誰もいない公園は、ひどく淋しい場所に見える。


「ここは…」


辺りの様子から、灯台近くの公園に間違いなかった。


「な、ちゃんと出られただろ?」


リオンが得意気に言ったとき、勇希は遠くで誰かが自分を呼んでいる声を聞いた。振り向くと真津子と敬介がこちらに向かって走ってくるのが見える。近くまで来ると、二人はあからさまにほっとした顔をした。

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