第十三章:涙石(4)
岬はそこまで話すとすっかり冷えきった紅茶を飲み干した。
「けれど、僕は…」
今まで黙って話しを聞いていた光は俯いたまま、なおも否定の言葉を口にする。
「カミンのクローン?」
「知って、いたんですか?」
言いかけた言葉を間髪入れずに続けた岬を光は驚いた表情で見つめた。
「もちろん知っているわ。真津子ちゃんから全て聞いたと言ったでしょう?」
岬はそう言うと悪戯っぽく微笑む。長い間一緒に暮らしていれば、人は似てくるものだろうか。血のつながりがないという岬でも、そんな表情は勇希にそっくりだ。
「なら、どうして」
「だから、どうだと言うの?」
更に尋ねようとする光に、今まで穏やかだった岬は突然その語気を荒げた。その灰色の瞳は怖いほどに真剣な光を宿しており、じっと見ていると心の底まで射抜かれてしまいそうに感じ、光はおもわず目を逸らした。
「ねえ、あなたの心は、魂は一体どこから来たのかしら」
岬はすぐにもとの穏やかな表情を取り戻すと、今までにも増して穏やかな優しい声で尋ねた。
「どこから…って」
突拍子もない質問に光は口ごもる。一体彼女は何を言おうとしているのか。光には岬の質問の意図がわからなかった。
「あなたの生い立ちが普通と少し違うことは知っています。そして、それによってあなたがいろんな可能性を否定してしまう気持ちも、少しはわかるつもり。クローンがどうとか、私たちとあなたがどう違うのか―そんな難しいことは、私にはわからないわ。だけど、これだけはわかる。あなたの心は、あの時の少年と同じ。生まれがどうであれ、あなたの中にある心は私たち人間と変わらないところから来ていると思うの」
光は岬の言葉にじっと耳を傾けていた。岬は自分の心が勇希を託したものと同じだと言う。そしてそれは他の人間と何も変わらない。だから光が卑下することは何もないと励ましてくれているのだと感じた。光は岬の優しさに、今まで張り詰めていたものが一気に切れてしまいそうになるのを、じっと唇を噛んで我慢した。
「な〜んてね。ごめんなさい、知ったような口を利いて。こんな話をするためにここに来たんじゃなかったんだけど…」
そんな光の姿を見て、岬は誤解したのか慌てたような声を出す。そして膝に置いていたハンドバッグの中から小さな何かを取り出すと光のほうへ差し出した。それは、ガラスのように透き通った青い石のついたピアスの片方だった。その石はまるで涙の一滴のような形をしており、そっと手に取ると、なぜだか懐かしい感じがした。
「これは?」
「さっき話した少年が消えた跡に落ちていたの。珍しいクリスタルでできているらしいわ。私はピアスをしていないし、たぶんあの子のものだと思うんだけれど、あなたに預かってもらえないかと思って」
「え、でも…」
「お願い。あなたが持っていれば、もしかしたら何かを思い出すかもしれないし。もし、どうしても迷惑だっていうのならせめてあの子に…。勇希にあなたの手から渡して欲しいの」
岬の真剣な眼差しに、光はしばらくしてうなずいた。
「正直、これを見るとなぜか懐かしい気がする…。わかりました。これは僕が預かります」
そう言った光に岬はほっとしたような笑みを浮かべて帰っていった。
一人になった店の中で残されたピアスを眺めてみる。青いクリスタルは冷たい光を放っていた。