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第十三章:涙石(1)

この章は勇希の秘密についてのお話です。

ちょうど全ての掃除が終わった時、入り口のドアベルが軽やかな音をたてるのが聞こえた。


見るとこぎれいな格好をした中年の女性が一人立っている。ウエーブのかかった柔らかい黒髪が華奢な肩の上で揺れている。大きな灰色の目は少し疲れているようにも見えた。


初めてみる顔だったが、光はなぜかどこかで知っているような気がしてならなかった。


「すみません、もう、今日は終わりなんですけど…」


「あ、いえ、あの、あなたにお話が」


「僕に、ですか?」


「ええ。あなた、玖澄君でしょ?」


「はい、そうですけど」


やはりどこかで会ったことがあるのか、と懸命に記憶を探ったが、やはり誰だか思い出せない。そんな光の態度に女性は柔らかな笑顔を浮かべて、そっくりなのね、と小さな声で呟いた。


「え?」


女性はうっかり口を滑らせたことにはっとしたように目を見張ると、色白の顔を少し紅く染める。


「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。奈波岬(みさき)です。勇希の…母です」



***



「流さんから事情は聞きました。勇希のことも、そしてあなたのことも」


「すみません、僕が、もっとしっかりしていれば、彼女を…」


突然深く頭を下げる光に岬は優しく答えた。


「あなたのせいではないことはわかっています。私がここへ来たのはあなたを責めるためじゃない。あなたに聞いてほしいことが…あなたにだけは知っていてほしいことがあるんです」


「僕に知っていてほしいこと?」


「ええ、あの子の…勇希のことで、ちょっと」


ためらいがちにそう言う岬に光は奥の席を指差した。


「あちらにおかけください。とりあえず、鍵をかけてきますから」


岬の態度に、どうやら長くなりそうだと感じた光はそう言うと奥の席を指し示した。


本当ならお客を席まで案内するのが筋なのだが、早く鍵をかけておかないと、また別の誰かが入ってこないとも限らない。たとえそれが知り合いであったとしても、話を聞かれるのはまずいだろう。


そういう光の意図を汲み取ってくれたのか、岬は黙ってうなずくと、光の指示にしたがって奥の席へと移動した。


Openの表示をCloseにひっくり返してドアに鍵をかけてきた光は、岬の前にドリンクメニューを差し出した。


「長くなりそうですから。何か飲み物でも。僕のおごりです」


驚く岬に光は柔らかく微笑んだ。その笑顔につられたのか、それまで堅かった岬の表情がふっと緩んだ。そんな表情はやはり親子なのか、勇希にとても良く似ていた。


「じゃあ、紅茶を」


「ハーブティーでいいですか?」


メニューに目を落とさず言う岬に光は尋ねる。


「え?」


「今日、珍しいのが入ったんです。ちょっと待っていてください」



***



「どうぞ、お待たせしました」


しばらくして光は真っ白いカップに注がれた綺麗な色のお茶を差し出した。暖かい湯気にほのかにいい香りが立ち上る。


「あら?この匂い…もしかして」


他のものとは間違いようもないその匂いに岬は目を見開いた。


「そう。ローズぺタルティーです。いい匂いでしょ?」


そう言ってにっこり笑うと光は椅子を引いて岬の前に腰掛けた。


ちょうど飲み頃の温度になっていたお茶を口に含むと淡い薔薇の香りが口いっぱいに広がった。


「どうです?」


顔を上げると光が心配そうに岬の顔を覗き込んでいる。


「美味しいわ。すごく。こんなお茶がここで飲めるなんて知らなかったわ」


「あ、いや、それメニューにはないんですよ。ここの店長が珍しいのを見つけたって買ってきたのを煎れてみただけだから」


そう言うと、光は照れたように笑った。


「それで…話と言うのは?」


光の問いに岬の顔が少しだけ曇る。


「実は…勇希は、私の子ではないんです」

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