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第九章:悪夢の始まり(6)

「あれ?あの人…」


勇希の声に皆一斉にその視線のほうを見る。林の木々に負けないぐらい美しい緑色の髪をした細身の男が一人、ゆっくりと傍の湖に向かって歩いているのが見えた。


男は湖のほとりに来ると、小さな竪琴を懐から取り出して、綺麗な音色を奏でる。しばらくすると穏やかだった湖面に小さな波紋が現れ、やがてその中から一人の男が現れた。


細い皮ひもでうしろに束ねた腰まである長い髪は紺碧で、まるで水が流れているかのようだ。その青みがかった体には白い着物をまとっており、魚のひれのような形をした耳には長く垂れた金のピアスが光っていた。男は両腕を使ってゆっくり体を岸へ引き上げると、魚の尾鰭だった下半身は叙叙に人の足を形成していった。


「!」


その顔を見て、真津子以外の四人は思わず息を呑む。


「カミン・・・?」


とつくもがつぶやく。光のように、カミンに瓜二つだったわけではない。ただ、半漁人の男の顔はどことなくカミンと同じ雰囲気を纏っていた。


「ルシファー、また、来てくれたんだね」


人間の姿になった男はそう言うと、緑の髪の男に抱きついた。


「ルナ、当たり前じゃないか」


ルシファーと呼ばれた男は少しはにかんだ笑みを浮かべながらルナの髪をそっとなでた。


「おい、ルシファーってもしかして…」


振り返った敬介に真津子はしっかりとうなずいてみせる。


「そう、私たちのよく知ってる、あのルシファーよ。これは彼が若い頃の出来事」


そういわれて、敬介はまじまじと二人を見つめた。緑の髪をした男は確かにルシファーによく似ているが、どことなく感じが違うような気がする。敬介たちの知っているルシファーは刺刺しい、見るものを威圧する瞳をしているのだ。対照的に、目の前にいるルシファーの目は優しさに満ち溢れていた。


「昔のルシファーって、結構いい顔してたんだ」


敬介が思ったことと同じことをつくもが言った。


「ルナ、彼は一体なんなんだ?」


満が尋ねる。


「彼は水の精霊の一人。紅劉国にはその昔、いろんな種族がいたの。どうやらルナはルシファーの恋人だったみたいね」


「え?恋人って…男同士、だぜ?」


「精霊や神に男とか、女とか、そういう概念はないわ。ルシファーも堕天使だから…」


ひきつった顔の敬介に、真津子が手短に説明していると、また突然辺りの景色が歪んでいく。


「あーもう、なんでまた急に時間移動なんて…」


つくもの不平はどこからか聞こえてきたぞっとする悲鳴に掻き消されてしまった。何事かとあたりを見回すと、黒い影に憑かれたものたちが、手に武器を持ち、誰彼となく切り付けている。あたりは悲鳴と血と死体の山で埋め尽くされ、まるでこの世の地獄を見ているような有様だった。


「な、なんなの、これ…」


勇希が卒倒しそうなのを必死に耐えてつぶやいた。勇希の顔は恐ろしさで蒼白になっている。


「これは、もしかして、民族戦争じゃないか…」


満が誰にともなくつぶやいた。


「え?」


つくもも蒼い顔をしながら聞き返す。


「紅劉国で起こった民族戦争よ。それまで仲良く共存していたはずの人たちが、突然違う種族に襲い掛かる事件があったの」


「そんな…紅劉国は長い間争いのないいい国だったじゃないか。こんなひどい戦争があったなんて、聞いてない」


つくもはひどい光景に眉をひそめながら反論した。


「それは、そうでしょうね。この戦いは一部の地域に起こったことだったから。しかもある日突然始まって、次の日には収束を迎えた奇妙な出来事で、時の王は混乱を避けるためにかん口令を敷いていた…。だから、その事実を知る人はほとんどいなかったのよ」


淡々とした口調とは裏腹に、真津子は今にも泣き出しそうになるのを必死で堪えている様子で、その額にはくっきりと深い皺が刻まれていた。そんなことを満や真津子がどうして知っているのか。そのことを尋ねようとした敬介の思考を悲痛なルシファーの叫び声が遮った。


「ルナ!」


声のほうに目をやると、血と死体の海の中、ルシファーがぐったりとしたルナを抱きしめ、うずくまっているのが見えた。


「ルナ、死なないでくれ、お願いだ…。お願いだから、私を一人にしないで…」


ルシファーは血と埃にまみれた顔をルナの胸に押し当てて懇願した。涙が止め処もなく溢れては、ルシファーの青白い頬を濡らしていく。この戦いに巻き込まれたのだろう、額から血を流したルナはルシファーが駆け寄った時、既に息を引き取っており、その澄んだ瞳に再び恋人の姿を映すことはなかった。


「私が守ってやらなくてはいけなかったのに…。どうして、どうしてこんなことに…。私がルナの恋人だからか?ルナを私が愛したから、それで、奴は…!」


ルシファーは独り言を呟く。哀しみに溺れるルシファーの心に、抑えようもない怒りが広がっていく。神経が高ぶると同時に、その体が急に緑色の光を発しはじめた。それは次第に大きくなり、周りのもの全てを巻き込むと、大きな爆音とともに爆発した。光の洪水が消えた時、その場に生き残っているものはただ一人もいなかった。



目の前の光景に言葉を失った勇希たちをまた時空の流れが飲み込んでいく。しばらくして、真津子の家の書斎に戻っていることに気がついたが、五人は長い間何も言えず、ただその場に立ち尽くしていた。ルナの死がまるで自分達の仲間が死んだかのようにショックだったのだ。ルシファーの叫びが耳から離れない。敬介の瞳から、つっと一筋の涙が流れた。


「みんな、大丈夫?」


最初に声をかけたのは真津子だった。まだ呆然としていた四人はその声に、はっと

真津子の顔を見る。


「築地病院に行ってみようと思うの」


突然の真津子の提案に、何を言われているのかわからないのか、四人とも互いに顔を見合わせている。


「あの、ルナの名前が彫られた杉の木、あの木は今でも築地病院の敷地にあるの。あのあと、ルシファーはあの湖の傍にルナの遺品−ピアスを埋めた。彼がカミンや光くんと容姿が似ていたのは単なる偶然じゃない。そう、私は思っているわ。どうやら、あの病院の地下には立ち入り禁止の実験室があるらしくて…。そこに、光くんの過去に関するなにかがあるかもしれない。だから」


「確認に皆で行こう、とそういうことか」


満は静かな声で真津子の言葉を続けた。


「ええ…。行ってみて何もなければ、他の方法を考えるわ。でも、それまで、このことは光くんに言わないで欲しいの」


真津子の言葉に一同はうなずいた。一体何が待ち受けているのか、自分達にもわからない。自分たちですら混乱しているのに、そんな状態で曖昧なことを今の光に教えても、益々不安にさせるだけだ。自分達の目で先に確かめる必要がある。自分たちのために犠牲になったカミンのためにも、光は救ってやりたい…。新たな決心を胸に五人は詳しい計画を練り始めた。

ルシファーの若い頃の話まで飛びました。実は彼も美形だったんですね。

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