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第九章:悪夢の始まり(4)

「なんなんだよ、それは…」


長い沈黙のあと、はじめに口を開いたのは敬介だった。苛立ちを必死で押さえているようで、その証拠にきつく握り締めた両の拳が小さく震えているのが見えた。


「つまり、真津子、この結果からお前が導き出した答えというのは…」


言わずとも分かりきった答えを満は敢えて真津子に言わせようと言葉を切った。真津子は少しだけ驚いた表情で満の無精髭だらけの顔を見上げた。


自分の中で、確かに答えは出ていた。けれども、それを認めたくない、という思いがそれを口にすることを強く拒んでいる。そんな真津子の気持ちを長いつきあいの満にはわかっているはずだ。それなのに、自分にその答えを口にしろ、と言うのか?そういう気持ちを込めてうらめしそうに満の灰色の目を見つめたが、その目は嫌と言わせないことを語っていた。


見回すと、他の三人もじっと真津子の答えを待っている。真津子はふう、と大きなため息をつくと、しぶしぶその答えを口にした。


「これは確証じゃないけれど、光君はもともとこの世に存在していなかった−」


真津子の答えにつくもと勇希は、はっと目を見開いた。敬介は怒ったように勢いよく立ち上がると窓のそばまで大股で歩いていく。反動で敬介の座っていた椅子が大きな音を立てて床に倒れた。満は身じろぎもせず、真津子を冷たい灰色の瞳で見つめている。


「今までわかっていることを客観的に解析すると、そういう答えになったわ。でも、現実に光君がここに存在していることは確かだし、そんなこと、常識的にあるはずがない…。だから、きっとどこかで、何か大切な情報を見逃しているんだと…。彼がもともと存在していないだなんて、そんなことが正しいはずはないし…」


皆の感情の逆流に真津子はあわてて苦しい言い訳を始める。


「あたり前だ…」


「え?」


怒りを押し殺した敬介の低い声が唸った。


「そんな、あいつが存在していなかったなんて、そんな馬鹿げたこと、誰が信じるって言うんだ。俺は信じない。そんな、あいつは…」


光を街で見かけたとき、もしかしたらカミンの生まれ変わりかもしれないと、心からそう望んでいたのは他でもない敬介だったから、真津子の宣告は余計堪えたに違いない。目尻にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。



しばらく居心地の悪い空気が流れる。皆そんな敬介にかけてやる言葉を考えて、何も思い浮かばないことに気が付いた。

しばらくして、とつぜん、つくもが何かを思い出したのか、あっと小さな声をあげた。


「つくも、どうしたの?」


勇希の問いにつくもは大学の図書館で出会った菖蒲のことを話しだした。菖蒲の名前に他の四人もはっとする。それに気が付いたつくもはなぜみんなが菖蒲のことを知っているのかと聞いた。事情を聞いたつくもは、菖蒲が怪しいと主張する。


「絶対何かあると思うんだ。偶然が重なったのねって、そんな簡単に済ませられることじゃない。第一、カミンの存在を知っている人はごく僅かなはずでしょ?それを調べてくれなんて、絶対おかしいよ」


つくもの言うことはいちいち尤もだった。もちろん、カミンや他の五大戦士のことは勇希たちが休学中にも単位がもらえるよう、大学との契約である程度のことは報告書として提出してある。だから、大学の図書館にいけばその論文は保管してあるし、紅劉国の歴史を専攻とする一部の学生たち(成績が特に優秀で将来大学院の研修生としての道を約束されたものだけだが)にはその事実を教授が明かしている。けれど、その内容についてはまだ学術上はっきりとその存在が立証されたわけではないため(あの時見つかった歴史書はそのまま書庫と一緒に消えてしまったし、勇希が持ち出していたはずのナユルの日記はいつの間にか診療所の机の引き出しの中から姿を消していた)、口外してはならないと厳しく言われていると聞く。一介の学生ですらない菖蒲が、なぜカミンのことを知っていたのか。それは確かに怪しいと思われてもしかたがないことだった。


そしてさらに不思議なのは、菖蒲が流眞の死を知らなかったということだった。意識不明だった光が知らないことは頷ける。だが、世界に名をなす実業家の死は、当時大変なニュースになっていた。例え菖蒲に興味がなかったことだとしても、どこかでニュースぐらいは耳に入っていておかしくない。それなのに、菖蒲は光に『流インターナショナルの流眞を訪ねろ』と言ったというではないか。目に見えない何かが音もなく動き始めている。つくもはそんな気がしてならなかった。


「菖蒲の勤めている病院って、確か築地病院だったわよね?」


つくもの力説を一通り聞いたあと、真津子は何か考えながら尋ねた。


「確かそう言ってた」


「築地か…この間光が運ばれたのも確かそこだったな…。それじゃ、そこに光も入院してたのか?」


今度は敬介が尋ねる。


「それもあるが…」


と満は顎に手を当てて何か言い淀んでいる。


「あるが、何?」


「うちの…流グループの傘下なの」


満の顔を覗き込んで聞くつくもの問いに答えたのは真津子だった。


「え?」


勇希は驚いて真津子の顔を見た。卒業後真津子の下で働くようになってしばらく経つが、築地病院が流グループの傘下だという事実は聞いたことがなかった。


「理由があって、公にはしていないから…」


勇希が問いを口にする前に真津子は言った。


「つまり、私の父が関係していたとすれば、菖蒲さんがカミンのことを聞いていたとしてもおかしくないかもしれない」


恐らく、眞が絡んでいることに間違いはない。何しろ光を築地病院に入院させ、退院した後に真津子のところへ行くよう仕向けたのは眞本人なのだから。


「じゃあ、真津子の親父さんがなにか企んでたっていうのか?もし仮にそうだとしても、もう親父さんはいないじゃないか」


「それに、ダコスも…」


そうなのだ。仮に眞が部下を使って何かを企んでいたとしても、当人がもう死んでしまっていては意味がない。眞が仕えていたダコスにしても同様だ。それを、いくら故人の遺言にせよ、今更部下が動き出すのは無意味なように思える。


「どちらにせよ、築地病院に鍵があるのは確かだろう。わざわざ光に流インターナショナルを尋ねさせたのは、あいつを真津子に…というより、オレたち五人に引き合わせる為の罠だったんじゃないのか」


満は真津子が考えていたこととまるで同じことを言った。


「罠って、それじゃ!」


まだ興奮した様子の敬介を真津子は手で制した。


「待って、まだ、結論を急ぐべきじゃないわ。まだ私たちは何もわかっちゃいない。それより先に、みんなに見てもらいたいものがあるの」

今回の章はかなり長いですね。まだまだ過去についての話が続きます。もう少しおつきあいくださいませ。

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