第九章:悪夢の始まり(2)
「はあ」
思ってもみなかった答えに光は間の抜けた返事を返した。
「実は、真津子から君が記憶喪失だと聞いたんだが」
「あ、はい」
「君は自分の過去を探していると…」
「そう、ですが…。それがなにか?」
「君の過去につながる重要な鍵が築地病院の地下に眠っている。君がもし過去を知りたいと思うのなら…」
思いも寄らない真司の告白に光は息が止まりそうになる。それまでおだやかだった光の心臓が、ドクンドクンと早鐘を打ち始めた。
「それは、本当ですか?」
「本当だ。君が望むのなら俺はそれを見せてやってもいいが、どうする?」
どうすると聞かれてほんの少しだけ躊躇した。真津子の叔父だと名乗ってはいるが、今までそんな人のことを真津子から聞いたことはなく、この男の言っていることが本当か嘘なのかまるっきり検討もつかない。光のそんな気持ちを察してか、男は嫌なら断ってくれればいい、と続けた。
「いえ、見せてください」
しばらく考えたあと、光は意を決するとしっかりした口調でこう言った。
「そうか。それなら、指定した時間に築地病院まで来てくれ」
男は手短に時間と待ち合わせの場所を説明する。それを光は手元にあったメモに書きとめた。
「わかりました。では」
受話器を置くと、今度は深く長いため息をついた。壁掛け時計を見ると、三時半を過ぎたところだ。ふと手元に目を落とすと、まだ残っていたスポーツ飲料に気が付いて、それを一気に飲み干した。すでに生ぬるくなっていたが、生暖かい飲み物以上にさっきの電話の内容が喉元にまとわりついて離れない。
「考えていてもしょうがない。とにかく、もうしばらく寝るとするか…」
そう一人ごちると、手元にあるメモを手に暗い廊下を自分の部屋へと戻っていった。