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第八章:キーワード(2)

仕事が忙しくて少し更新が遅れちゃってごめんなさい。

菖蒲は自分のアパートの寝室に電気も点けず寝転がっていた。その日はいろんなことがいっぺんにありすぎて、彼女は心身共にくたくたに疲れ果てていた。少し眠ろうと目をつむって横になっていたが、頭の中では今日仕入れたたくさんの情報を処理するのに忙しく、なかなか寝付けない。気が付くと、ヘッドボードに置かれた目覚ましの針は既に午前二時をさしている。


「カミンって誰なんです?パンドラの希望?一体何なんですか?」


院長の謎解きクロスワードのような発言に、菖蒲はいらつきながら尋ねた。だが、院長は面白そうに口の端を歪めるばかりで何もそのことについて教えてくれようとはしなかった。そのかわり、院長は菖蒲が自分で調べてみるべきだと言う。


「そうだな、劉翔学院大に行けば何かわかるかもしれないな」


狡賢い下卑た笑みを浮かべた院長はそれだけ言うと菖蒲を一人、部屋に残し闇の中へ消えていった。


「一体、なんだっていうのよ」


ふと窓のほうを見ると血のように紅く染まった半月が真っ暗な闇の中に浮かんでいるのが見えた。それは、迫り来る不吉の到来を伝えに来たメッセンジャーのようにも見える。菖蒲は、そんな月から逃げるように頭の上まですっぽりと毛布を被ると震えの止まらない体を抱きしめた。


***


劉翔学院大学の図書館には国立図書館と同等か、あるいはそれ以上の蔵書が収められていると噂されている。その噂はどうやら本当のようで、十階建ての各階には所狭しと本棚が犇きあっていた。


一階ロビーにある司書カウンターで蔵書検索用コンピューターの場所を教えてもらう。司書に検索してもらえば早いのだろうが、菖蒲が持っているキーワードはあまりにも漠然としすぎていた。一体何を探しているのか自分でもよくわからない状況で、他人にうまく説明して探してもらうことは難しい。そこで、とりあえず自分で検索することにしたのだ。


実際、ここに来る前に、IGNOSを使っていろいろと検索してみた。ところが、どの検索エンジンを使っても菖蒲の探している答えには辿り着かなかった。「パンドラの希望」については、何十万という案件がキーワードにヒットした。だがどの内容も地球という星に古くから伝わる神話らしきもので、菖蒲がおぼろげに覚えている、どこかで聞いた話の伏線らしい内容ばかりである。


そういったサイトでわかったことは、まず「パンドラ」というのは地球人が崇める神と呼ばれる存在が創った初めての女性だということだった。人類最初の女性はイヴと言われる人間の男の一部から造られたものが一般的なようなので、パンドラとイヴはもともと同一人物なのではないかと言う説もあるようだが、時代背景からすると、全く別の個体と考えていいように思えた。パンドラは全ての神々から加護を受け、ほぼ全能のヒトとして作られた。そしてその目的は、全知全能として知られる大神ゼウスへの信仰心を捨て、その星で傲慢に生きる人間全てを滅ぼすこと。けして開けてはならないと言う箱(壺だったという説もあるらしい)から聞こえてくる誘惑に負け、ある日、彼女はその中身を開放してしまう。その中身とは現世に存在する数々の悪しき物たち。慌てて閉じられた箱には予見だけが残っていたという。


どのサイトにもほぼ同じような内容が羅列されていたが、最後の部分の解釈だけが、サイトによって食い違っていることに菖蒲は気がついた。あるサイトでは残ったものを「予見」と説明しているが、別のサイトでは「希望」が残ったとされているのだ。「予見」としているものの考えでは、人が物事を予知できるようになることこそが最悪の絶望のもとであり、その力が開放されなかったことで、人は希望をもつことが出来、全滅には至らなかったという解釈のようだった。


菖蒲は検索を辞め、椅子の背にもたれかかるとゆっくり目を閉じた。モニターを長く注視していたせいで、目がとんでもなく疲れてしまったのだ。しばらくそのままの状態で、あの夜、病院長が言ったことを思い出してみる。なんとなくいくつかの点が線でつながり始めたような気がしないでもないが、あまりにも抽象的すぎてその真意はまるでわからない。そこで、次のキーワードを入力してみたのだが、IGNOS上でヒットするものは何一つ見当たらなかったというわけだった。


全宇宙の情報網につながっていると言われているIGNOSにさえ引っかからない情報が、一介の大学図書館で見つかるものかどうか疑問がないわけではない。かと言って、院長が悪戯にここの図書館を指名したとも考えられなかった。あの含んだもの言いが気になって、久々のオフ日だというのにわざわざここまで足を運んできたのである。


司書に教えられた場所に行ってみると、数十の個屋が狭い廊下を挟んで左右に整然と並んでいた。部屋の壁はすべて硝子張りになっていて、使用されているかどうかが外から一目でわかるように出来ていた。外から中の様子が丸見えなのかと思ったが、いくつかのドアの閉まった部屋は真っ暗で何も見えない。どうやら硝子に細工がしてあって、ドアを閉めるか中の機材を起動すると外部から中が見えない仕組みになっているらしかった。


「さすが、劉翔学院ね。世界の最新技術が揃ってるっていう噂は本当なんだわ」


一人で感心しながら一番奥の部屋に入るとドアを閉める。ドアの内側には部屋と機器の使用方法が張られていた。その指示に従い電気を消す。今まで外の世界が見えていた透明の壁が真っ黒になったかと思うと、空中に掌大のキャラクターが浮かびあがった。このキャラクターはmapionと呼ばれる検索補助システムで、製作者がいかにも手抜きをしたらしい、線と円だけで構成された初歩的なデザインをしている。


「何をお探しですか?」


mapionは音声での命令に従い、画面の移動、スクロールや必要な情報を検索する。菖蒲は早速キーワードをmapionに伝えると、数秒もしないうち、目の前に緑色の文字がびっしりと浮かび上がって来た。


斜め読みしながら、mapionにゆっくりとスクロールするよう命令する。最初の十数件は、あらかじめIGNOSで調べたものとほぼ同じような内容のものだった。ヒット件数はやはり数十万件。こんなものを一つ一つ確認していく暇はない。そこでまた検索スクリーンに戻るよう伝える。今度はダメもとで知っているキーワード全てを伝えてみる。「パンドラ」「希望」そして、「カミン」。


何も出ないのがおちだろうと思いながら検索を命令する。ところが、今度はしばらくして映し出された情報量に驚いた。さっきと比べると、ヒット件数はあきらかに減っているものの、それでも数十のものが表示されている。ざっと目を通したところでは、どれもこの大学で執筆された学術書のようなもので、この図書館の最上階である10階に保管してあるものらしかった。最初の二十件を印刷すると、プリンターの熱でまだ生暖かいリストを手に、エレベーターへと足早に向かった。


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