表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/97

第五章:記憶の欠片(4)

数日後、光は無事病院から退院した。あの二人はあのまま光に会わずに帰っていった。どうやら菖蒲の警告が功を奏したようで、その後も二人が病院まで光を見舞いにくることはなかった。


退院の前、医者は処方された薬を毎日忘れずに飲むようにと幾度となく同じ言葉を繰り返した。その言葉に素直にうなずいてはいたが、どこか上の空のような光が菖蒲は心配でたまらなかった。


退院の日、菖蒲は一人で大丈夫だと言う光の言葉を無視して、強引に加瀬の家までついていった。同居している満に状況を説明するためだ。もしもの時の対処法として、光に処方された薬のことも話しておかなければいけない。


二人を診療所で出迎えてくれた満は、話しに聞いていた通り、大きく無口な男だった。無口と言っても無愛想なのではなく、ただ自分から会話をするのが苦手なだけのようで、何度もしつこく説明する菖蒲の話を嫌がることなく、ずっと真剣な面持ちで聞いてくれた。


この先生と一緒に住んでいる限り、光は安全だと感じた菖蒲は、その日久しぶりに清々しい気持ちで帰路についたのだった。


そんな菖蒲の気持ちとは裏腹に、満はその日不安で眠れない夜を過ごしていた。菖蒲の説明に、表向きは納得してみせた満だったが、話の中でいくつもの疑問を感じずにはいられなかった。その場でその疑問を口にしなかったのは、かつて五大戦士だった頃の勘が働いたのかもしれない。


もともと菖蒲が勤める病院の院長に光の保護を頼まれた時もあまり乗り気ではなかった。その院長というのは昔、流クリニックで働いていた男で、流の財産を狙っているという噂だった。流インターナショナルの傘下にある築地病院の院長になってからは、売名行為のためあちこちに会社の金を使って寄付を贈っているらしく、マスコミでの噂は上々だそうだが、一度この男が歳がいもなく真津子を自分のものにしようと試みて満と衝突してから、満はもう二度とこの男と関わるまいと心に決めて流クリニックを後にした。


それから一年半。あの男から電話があったのは自分の診療所を切り盛りするのに慣れ始めた頃のことだった。あの男の手助けなどまっぴらごめんだと思っていた満が光の保護を引き受けたのは眞からの遺言だと聞かされたからだった。


光が始めてこの診療所にやって来たとき、満はどこか懐かしい心持がした。この見ず知らずの光が、誰か昔から知っている仲間のような気がしたのだ。その時すぐには誰だかわからなかった満だが、髪を切った光を見て始めて、自分が感じていた懐かしさの意味がようやくわかった。光はカミンにそっくりなのだ。よく注意してみると、容姿だけでなく、声や仕草までそっくりなことに気が付いた。ただ違っていたのは自分に対する自信。記憶を失っている光は、カミンと違ってどことなく不安げで頼りなく見えた。こいつは自分が護ってやらなければいけない。満はいつしか父親のような目で光を見ている自分に気づいていた。


光が二度目の退院をして帰ってきたその夜、どうしても寝付けなかった満は、光が寝ている部屋にこっそり忍び込んだ。菖蒲が言っていた処方薬を入手するためだ。昼間、菖蒲にその薬の細かい成分や、なぜ光ェその薬を毎日摂取しなくてはならないのか聞いてみたのだが、一介の看護士である菖蒲は満を納得させるだけの答えを持ちあわせてはいなかった。


菖蒲によると、今までに見たこともない新薬らしく、その液体は光の加減で虹色に変化するという。そんな新薬が発明されたという情報は聞いたことがなかった。ということは、非合法に光を新薬の実験台に利用している可能性が高い。とにかく、その謎の新薬を手に入れ、その調査をする必要があると満は考えていた。光に直接薬を見せるように頼めばよかったのだろうが、光にいらぬ心配をかけたくはなかった。


問題の液体は案外簡単に見つかった。窓のそばにある粗末な机の上に、いくつかの小瓶が無造作に置かれていた。暗闇の中で、液体は妖しい輝きを放っている。じっと見ていると、なにかにとり憑かれるかのような、心が体から離れていくような、そんな奇妙な心持になって、満はぶるぶると頭を振った。これはヤバイかもしれない。満の第六感がそう叫ぶ。満は急いでいくつかあるうちの瓶二本を掴むとそっと部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ