第1章:はじまり
「俺はストリカのアリュアス。黒の女神アリュアストリカの名を受けた狩人だ。女神の名前だなんて、男なのにな!」
「はは、そっスね……ぼくは松村っていいます……」
僕を苦しめたあの獣(スレイグマとアリュアスは呼んでいた)を鼻歌交じりに解体しながら、アリュアスと僕は互いに自己紹介を終えていた。
メッポルはいつのまにやらどこかへと姿を消していた。あの野郎。今度出てきたら僕の『力』で消し炭にしてやる。
「見慣れぬ格好だが、マツムラはどこから来たのだ? ストリカにはこのような服を織るものはいないし、見たこともないぞ?」
「あ、いや……なんていうか……遠いところから、やってきまして……迷っちゃった、みたいな?」
「ははは。武具も持たずに迷い込むとは、災難だったな! この辺りははぐれ魔獣も少ないが……武器を持たないのは関心しないぞ?」
そう言って僕の背中を叩くアリュアス。ぼくは前につんのめりそうになった。
軽く叩いたつもりなのだろうが、先ほどしたたか打ち付けられた背中が酷く痛んだ……
あれ。そうでもないぞ。
急に痛みが引いてきた、ような。
うん。痛くない。
「背中を打っていたろう! 俺は治癒の魔術も嗜む。アリュアストリカの加護を受けているからな!」
「凄いッスね……まるで、勇者みたいだ」
片や女神の加護を受けた筋骨隆々のイケメン狩人。
片や訳の分からない白毛玉の力を受けたひよわな学生。
……だめだ! このままじゃダメだ!
「元々ストリカは勇者の血筋が作った村だ! ストリカの戦士は皆勇者だぞ!」
「はあ、そうなんスね……」
「そろそろ日も暮れる。どうだ、マツムラ? 今晩は我が村に滞在しては? 今日は祝ぞ、何しろスレイグマを仕留めたのだからな!」
血抜きを終え、獣の死体を枝に括りつけて、
返り血だらけでそう微笑むアリュアス。
よそ者相手に、警戒心というものがないのだろうか。
或いは、あの程度しか戦えないのなら、相手にもならぬと思われているのだろうか。
考えを巡らせていた僕の腹が、ぐううと鳴る。
……是非もない、か。
「ぜひ、お願いします」
「そうか! 助かる! では後ろを担いでくれ!」
「えっ」
「何しろ大物だ、俺一人で運ぶのは難儀でな!」
嵌められた。
そう思う暇もなく、僕は荷物持ちとしてアリュアスについていくことになるのだった。
「メポー! 無事人里に辿りついたメポね!」
「どこ行ってたんだよ、お前……」
あの後。
死ぬほど重いスレイグマの肉を担いで、歩くこと一時間弱。
漸く辿り着いたストリカの村では、早速宴が始められた。
よそ者の僕はまるで警戒されることもなく、上座に座らされて肉や果実を大量に振る舞われた。
宴の後は寝床まで用意してもらい、まったく至れり尽くせり……
何か裏があるのではないか、と勘ぐってしまうほどだ。
「そのとおり。この村には裏があるメポ」
「人の心を読むな。ったく……あのなあ、今日はお前のせいでさんざんな目にあったんだからな。僕はお前なんかより、この村の人を信じるぞ」
「この村が、邪神崇拝の村だと知っても、メポか?」
「なんだと」
僕は身構えた。邪神。それは、あの遺跡にあった邪神像のことだろうか。
「黒のアリュアストリカ……邪神の一柱メポ。この村の人間は、その邪神を崇める邪教徒なんだメポ!」
なるほど。あの黒いオーラ……それが、アリュアストリカという邪神のものだったのだろうか。
「メッポルは奴らに捕まって、あの遺跡に閉じ込められていたメポ……奴らは危険メポ! ショウを生贄に捧げて、なんやかんやの邪悪な儀式をやるつもりメポ!」
言われてみれば、都合が良すぎる話だ。
何の関わりもないよそ者に、ここまで良くする理由がない。
何らかの企みがあるに違いない。
「……で、じゃあどうしろっていうんだよ」
「決まってるメポ……そのための『力』メポ! ショウには、この村を焼き払ってほしいメポ!」




