小話1 側妃アイサと暗殺騒動。
アイサ・ルナエル。
それは侯爵家の娘であり、リナーシャやチカと同時期に後宮入りを果たしたリナーシャより2歳ほど年上の美しい女性である。
現在リナーシャの兄と婚姻を果たし、リナーシャの義理の姉になっている彼女だが、彼女についての有名な話が一つある。
それは、彼女が後宮入りを果たし、リナーシャやチカと親しい友人関係を築いている時期の事であった。
「リナーシャ様」
リナーシャ15歳、アイサ17歳の夏。
自室でのんびいと過ごしていたリナーシャの元に、赤茶の髪を持つ少女、アイサが訪れた。その後ろにはアイサ付きの侍女がしたがっている。
リナーシャ含む5人の側室のうち、二人にリナーシャは目の敵にされているものの、宰相の娘であるチカと侯爵家の娘であるアイサとは交友関係を持っていた。
このように、アイサがやってくるのはいつもの事である。
リナーシャの座っていた椅子の向かい側に、アイサは腰掛ける。リナーシャ付きの侍女が紅茶を持ってきて、机の上へと置く。
「アイサ様、どうかなさいました?」
リナーシャはアイサの顔を見て思わずいった。笑ってはいるものの、まさに目が笑ってないとも言えるような表情を浮かべていたのだ。
普段は上品に美しく笑っている彼女のこんな表情はひどく珍しい。リナーシャはまだ幼さの残る瞳を不思議そうにアイサに向けている。
「それがですね、リナーシャ様。わたくしの愚かしいお父様が、これを差し出してきたのです」
冷たく笑ったまま侍女の一人から、アイサは一つのいれ物を取り出した。その中に入っているのは、クッキーらしかった。
「そのクッキーがどうかいたしましたの?」
「ええ。凄くどうかしていますわ。このクッキー。毒入りなのです」
さらっとそのような事を吐かれて、アイサとアイサ付きの侍女以外の面々は固まった。
「毒入り…?」
「ええ。リナーシャ様。愚かなお父様は陛下の寵愛をわたくしが得られないことに焦ったようなのです。それでいてわたくしにこの毒入りクッキーなるものをリナーシャ様へ食べさせるようにと言われまして…。何て愚かで、浅はかなのでありましょうか。愚かなお父様はわたくしとリナーシャ様が友人関係にあるといっても『油断した隙に殺すため』とでも思ってるのですわ。何て愚かしい方なのでしょう」
冷たい目をしたまま告げられる言葉で、アイサが苛立っているのがうかがえる。
「そうなんですの…。ルナエル侯爵様が…」
「ええ。それでですの。わたくしリナーシャ様を殺す気などありませんわ。リナーシャ様の事は権力に縋った愚かな親族よりも好感が持てますし、友人として好きですもの。わたくしこのことを陛下に告げて愚かなお父様を処罰してもらう予定なのですが、陛下の寵愛を受けているリナーシャ様の暗殺をたくらんだ一家の娘が後宮に居るのはおかしいでしょう? わたくし養子か、下賜していただきたんですの」
自分の親だというのにきっぱりと切り捨てる様は何とも非情な人間である。とはいってもこれがアイサという少女なのだ。
ルナエル家は権力を求め続けてきた一家とも言える。アイサは自分の親族が愚かな事を考え続けていた事を知っている。弱者を甚振るような真似さえもするような家族に彼女は好感など持っていない。
そんな家族と友人どちらをとるかといえば、もちろん友人をとる。
「それでですの。わたくし、よろしければエドル様と結婚したいですわ」
「…お兄様と?」
暗殺の件でシリアスかと思いきや、突然意気揚々と告げる言葉にリナーシャは固まった。
「ええ。わたくしエドル様の事好きなんですの。ですからエドル様がいいと言ってくださるなら下賜していただきたいものですし、養子にいったら思いっきりアピールするんですの。ふふ、元々後宮入りはお父様の強い願望で入ったようなものですし、後宮からこんなに早く出れるなんていい機会ですわ。絶対にリナーシャ様を義妹にして見せますわ」
何だか闘志に燃えている目を見ながらリナーシャは思う。アイサ様が私に最初から友好的だったのってお兄様の事も関係あるのかもしれないと。じっと、リナーシャの目を見るアイサは続ける。
「それでお父様はもちろん処罰されるでしょうが、陛下がわたくしが関係ないからって後宮にとどまったままってのを認めるかもしれないでしょう? ですからリナーシャ様。どうかわたくしをエドル様に下賜か、何処かに養子にしてくださるよう陛下に頼んでくださいませんか? リナーシャ様に陛下は甘いですし、後宮に残ったままは嫌ですし、お父様方と縁を切りたいんですの」
笑って告げられる言葉に、リナーシャは友人の頼みだしと頷いたのだった。とはいっても兄であるエドルに結婚するように無理強いはもちろんする気はなかった。
結局その後、アイサはリナーシャの実家と親戚関係にある貴族の養子となり、宣言通りにアピールしまくって見事エドルと結婚することとなる。