第2話 彼との出会い
私の席に二人で移動してしばらく適当に駄弁る。先生が来るまでは暇だし、友情を深めるのも悪くは無いだろう。私達は茜が持ってきたお菓子を摘んだり、お互いの趣味を知り合ったりもした。
「でねー、そこであたしが歩いたら……」
茜が大きく身振り手振りを伝えながら話そうとすると、右手が通りがかった男子二人のうち一人に当たった。
「あっ、悪いな」
「っと、ごめ……あ――――!!」
茜が男子に目線をやったまま叫ぶ。私と男子二人はビクッと肩を跳ね上げ、教室中の人達が黙り込む。静寂に包まれた教室の中で、茜の声だけがよく通った。
「これ! このキーホルダー! あの歌手のCD限定版じゃない!!」
「え……? 何、お前あの人知ってんの? マジかよ!」
「知ってる知ってる! マイナーだけど、あの声綺麗だよねー」
「だよな! もうあの声は素晴らしいと思う」
再びざわめきだした教室で、茜と男子が興奮しながら話している。
私がちらりともう一人の男子に目をやると、そいつもポカンとその光景を見ていた。そして目が合い、同時に苦笑する。茜と男子の会話がしばらく終わりそうに無いので、私はその男子に声をかけた。
「初めまして」
「初めまして」
その男子は入学式で、堂々と寝ていた男子だった。正面から初めてみるその顔は(まあ殆どの人の顔が初めてだが……)、とても整った顔立ちだ。
黒く艶やかな髪、大きな瞳。女子と違うのは灰色のズボンだけという制服に身を包んだその体も、セーターの上からでさえ分かるほどに、やけにほっそりとしたものだった。
「一宮くんと彼女、面白そうだね」
「ああ、あの人一宮っていうんだ……」
「うん、下の名前は圭介。さっき友達になった」
「へー……。あ、あの子は三上茜。私もさっき友達になった」
微笑みを崩さないままでその男子は話している。よくよく見てみれば結構童顔な顔だと思った。頑張れば中学一年生に見えなくもない。声も男子にしては高く、透き通った綺麗な声だった。私はただ単に低いだけの声なので羨ましい。
「あのさ、君なんて名前?」
「え? ……ああ」
そうか、名前ね。……そういえばこいつの名前は何だろう。あ行だから……天野? 安達?
「川瀬凪。そういうお前は?」
「僕はね、藍川伊織」
藍川伊織。『あい』で始まる苗字だから、そりゃあ名簿一番か。何だか可愛い名前だなあ。
そう勝手に思っている私の思考を知ってか知らずか、
「これからよろしく」
そう一言だけ言って、藍川は微笑んだ。