第1話 入学式
「えー、この度は本校へのご入学、真におめでとうございます。我が海神高校は昔ながらの伝統を守り、代々それを受け継いでいくことによって生徒達の自主性などを高めて…………」
校長の話は長いと、昔から決まっている。この高校の校長も例外では無かった。
四月六日、今日はこの海神高校の入学式。私は今日から高校一年生となる身だ。
昨日の悪天はどこへやら、今日は見事なまでの快晴。春の暖かな陽気が眠気を誘い、新入生や職員の数人をうとうとさせていた。
校長の話を身を入れて聞いている人など殆どいはしないだろう。大半の新入生はこれからの高校生活への期待や不安などを抱いて、他のことなど聞く暇も無い。私だってそうだ。
いい加減、鬱陶しくなってきた校長の長話。暇潰し程度に、私は横目で周りの人々を見回した。
こっそりと隣の子と喋っている女子、大きく欠伸をする男子、手元の資料にしか目が行っていない職員、後ろの保護者席の方から聞こえるシャッター音。
そんな中、一人の男子に目が行った。
私と同じ一年三組の列にいる。男子の一番最初の席にいるのできっと苗字は『あ行』だろうなと思ってみたり。顔は良く見えず、黒く短い髪しか見えない。そしてその男子は、堂々と眠っていた。
顔を俯かせて首を右に傾け、足を組んで睡眠。隣の男子が苦笑している様子が見えた。
入学式の最中にあまりにも堂々と眠る様子が、何だか可笑しいなと思った。
そうこうしているうちに校長の長い長い話が終わる。後は特に何も無いので、クラスごとでの退場となった。一組、二組と移動し、次に私達三組。上級生達からの適当な拍手に見送られ、私達は体育館を後にした。
「ねえ、名前何て言うの?」「またお前と一緒かよ! 中学校と同じかよー」「このキーホルダー可愛いね!」「え、この聴いてる音楽? アーティストのねー……」「岡野! サッカーしようぜ!」
教室に入ってしばらく経つと、すぐに騒々しくなった。皆が皆明るい顔をしているが、内心では友達を作らなくてはと必死なのだろう。学校生活では友達がいないと、生活に大きな悪影響が出るからな。入学してしばらくは、勉学よりも友情のほうが大事。そう考える人は少なくない。
「……にしても、どうしよう」
その友情作りの波に乗り遅れてしまった。
周りの人達は既に、二人組みだったり三人組だったりしている。その輪に入るのにはちょっと勇気がいるし、そんな勇気が私には無い。扉の近くに寄りかかって皆を眺めていた。――そんな時、
「きゃわっ!」
「うわっ!?」
背後にいきなり何かがぶつかってきた。吃驚しながらも振り返る、そして、
「いった……あ、ごめんね! 大丈夫!?」
私を見て慌てる一人の女の子。色素の薄い、肩まで伸びた髪を真ん中分けにして、高校指定の白いワイシャツと黒いセーター、落ち着いた赤い色合いのチェックスカートを履いている。身長は私より少し低い程度。くりくりとした大きな目をした、可愛い子だった。
「あ、大丈夫。こっちこそごめん」
私の言葉にその子は安堵したように微笑むと、明るい顔になって私の両手を掴んだ。
「ねえっ! あたし新しい友達が欲しかったんだ! 友達にならない?」
直球の誘いに一瞬驚く。……だがこれは好都合だ。この子は明るそうだし、良い友達になれるだろう。
「うん、勿論いいよ」
「本当? わーい、やったあっ!」
本当に嬉しそうに、その場で跳ねる。無邪気という言葉が相応しいなという程に、可愛い笑顔だ。
「あ、名前何て言うの? あたしは三上茜っていうの。茜って呼んで!」
その子が――茜が自分の名を名乗る。私も自分の名前を言う。
「私は川瀬凪。凪でいいよ」