言葉にならない情熱と衝動
校庭に出た海人は錆びた金網の底に溜まっていたボールを取って、無造作に蹴って確認していたけど、審判の笛で試合が始まると、暑い中一生懸命に走ったけど負けて、試合終了の笛が鳴ると号泣し、落胆しながら灰色の階段を登って、ユニフォームを着替えてきたかと思うと、坂道を下りて駅まで走って帰っていった。
翌日は夏の太陽で肌が健康的に焼けて、ぎらぎらした感じになった海人と、廊下ですれ違って、海人は友達と固まって期末テストの話をしていて、私は聞こうとしたけど無理で、閑散とした学校で時間を潰していたら、帰りにまた会って、立ち話をしていたら、日が暮れてきたから私たちは帰って、海人たちはまだ笑っていたのは、いかにも学生生活。
白い雪が降って校庭が真っ白な卒業式のあった日、体育館は人で溢れていて、音楽の先生がピアノを弾いて幕が開いたけど、私は海人を探していたら、合唱の時間になって、高音と低音に別れていたから、練習にも色々あったとか考えていたら、切なくなって隣の友達が泣いていたから、私も少し貰い泣きして、先生達も泣いてしまって、景色が滲んで分からなくなって、校長先生が授与式をして私たちは退場した。
教室には担任の先生が遅れてやってきて、皆を笑わせたけど、やっぱりどこか淋しそうで、熱い別れの言葉をして叱咤激励、最後の授業だから、私は海人と話そうと思ったけど、黒板にお別れの言葉を書いているとき少し話せて、ホームルーム終了の鐘がキンコンカンコン折悪く鳴って、外に出ると意味不明の集団にいて、友達と喜んだり泣いたりして家に帰った。
鍵を開けると鉄の鈍い音がして、部屋の扉を開けると日常で、卒業式とか遠い感じで、夕飯時にお父さんとお母さんが食卓に揃うことはないけど、学校生活を振り返ると、給食が美味しかったとか、先生に怒られたとか誉められたとか思い出して、それから海人のことが頭に浮かんだ。
そういえば初めて海人と話したのは、学園祭の実行委員で、部活対抗の出し物に先輩に無理やり出された海人が、爽やかで輝いて見えたからで、話しているとそのうち好きになったけど、進展させる気もなく、部活に夢中で、時間だけ過ぎていった。
それから優しい人と出会って恋を重ねて、結構いい歳になったけど、良い思いも苦い思いも経験して考えも違って、社会の厳しさと重圧で大変だけど、今でも思い出は大切にしまってある。
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グラウンド前右方にいた海人は完全にフリーでエンドラインへ突っ込んだ。スパイクが音を立てる度に、砂ぼこりが巻き上がる。俺は海人の存在に気づいて、フェイントをかけると足元のボールを蹴った。高い弧を描いてボールがゆっくりと右足に吸い込まれてゆく。続いてゴール前にセンタークロスが上がり、ヘディングシュートが放たれた。
ピーという長い笛の音が試合終了を告げる。集合場所へ着くと汗でぬれたユニフォームを着替えて砂利だらけのスパイクを脱ぎ捨てた。アウェイだったとはいえ結果は結果。惨敗だった俺たち『湘南FC』はコーチに長い説教をくらった。試合中にも激を飛ばされたが、コーチの説教は延々と続いた。涙が滲んでいる者さえいるのはこれが最後の試合だったからだ。帰り際、校庭を見渡すと階段で応援したり見守ったりしている。
俺たちの加速するような夏が終わろうとしていた。俺たちは一生懸命に太陽のギラつく砂の上を駆け抜けた。唯がむしゃらにボールを追いかけ、社会のしがらみや重圧も知らなかった。そこにあった衝動、何か掴みどころのないものは、俺たちを突き動かし、夢中にさせた。
駅へ着くと俺たちは解散した。海人はなぜか先に一人で帰ったらしかった。落胆した姿を見せたくなかったのだろう。混雑する改札を抜け、誰もが別々の道を帰宅してゆく。だが全てを燃やし尽くしたから悔いはない。ボールを入れた袋は明日、部室の金網に投げ込まれるだろう。ボロボロになったボールには俺たちの一蹴一蹴が刻まれている。
家では親が居間で新聞を読み、弟と兄がテレビゲームをしていた。俺はシャワーを浴びて、Tシャツとジーパンに着替え、冷房のきいた部屋で溜息をついた。ソファーに転がりながら携帯を見ると。部員の皆からメールがきていた。俺はそれを眺めながら、別の立場でチームを支えてゆこうと決めた。翌朝、学校に着くと海人が俺の方へやってきた。どうやら数学が分からないらしい。俺は海人と近くの空き教室で期末テストに備えて自習することにした。
読了いただきありがとうございます。主題は青春時代の衝動、言葉にならない情熱です。