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ナイトビジョン

赤外線の投光装置及び受像装置や光増幅管装置を用いることにより、夜間や暗所でも視界を確保するための装置

64式の分解清掃の手を止める。あとは作動点検とスリングを取り付けるだけだ。

部品の飛散防止兼、座布団代わりに敷いた毛布から立ち上がる。

もう暫くすれば日が落ちそうだ。急がなければならない。

射撃場の屋上から下りて目当てのものをライト片手に探す。あった。

それと、焚き火台替わりにする配電盤の金属箱を壁から取り外す。ボルト止めなので工具箱からレンチを使って外す。配線も色々と使い勝手が良さそうだ。トラップ用のワイヤーに使えるかもしれない。

射撃場内で火を使うのは色々とまずい。仮にも屋内射撃場だ。未燃焼の火薬粉末がどこかに残っているかもしれない。なので、屋上に枯れ木とともに持っていく。

急勾配の階段を配電盤を持って上がるのは地味にきつい。もう少し小型のものにすればよかったか。

屋上の中心付近に設置する。この位置なら、射撃場の外から弓矢や槍を投擲されても角度的に当たらない。また、座り込んでいれば位置が特定されない。

因みに、何故屋上で直接火を焚かず、焚き火台を使用するかといえば風防と屋上のコンクリートの保護のためだ。熱で天井のコンクリートの強度が落ちては困る。

なので、床にはコンクリートブロックで隙間を開けておく。配電盤の中にも何個かコンクリートブロックを入れておく。風で配電盤が吹き飛ばされないように重石代わりだ。

それと忘れていけないのが、消火器と消火用砂だ。何かあったときはこいつらが頼りだ。元が配電盤なので蓋がついている。この蓋を閉めれば一瞬で消火できるはずだが念には念をだ。

細めの鉄骨4本の一端を針金で固縛して作った吊り下げ台を用意する。こいつは川の水を汲んできた水筒をぶら下げるのに必要だ。

最後に燃料の枯れ木だ。枯れ木は地面に落ちているものは最初は使わない。湿気を吸っており着火しにくいのだ。なので、立ち枯れしている枯れ木や枯れ枝に最初に着火する。着火剤の変わりは標的代わりだった写真だ。大判の写真を硬くねじって棒状にする。これですぐに燃え尽きにくくなった。湿っている枯れ木や生木は焚き火に引火しない程度の位置に積み上げる。この位置なら熱で乾燥するだろう。

さて、準備は万端。あとは着火するだけだ。だが、今はそれをしない。

柵にもたれかかり、川からの帰り道に収穫した果物類をかじりつつ、夕日が沈むのを眺める。

色々と違和感を感じたり、常識外なものを見たが夕日は記憶の中そのままだった。

そういえば、こうやって夕日をのんきに眺め続けるのは何年ぶりだろう。忙しさにかまけて見る暇がなかったのか、あるいはそんなことに気にも留めなかったか。

異郷の地で見る夕日は何ともいえず切なく美しい。

いやだな、夕日を眺めていると郷愁感に襲われそうだ。まだ一日も経っていないのにホームシックになるとは・・・・・我ながら心細いらしい。

数日もすれば寂しさのあまりに風船に顔でも書いて話しかけているかもしれない。もっとも、風船はないのでコンドームか。・・・・・・・・コンドーム万能アイテム過ぎだな。

そんな事を思いっているうちに日は落ちた。徐々に周囲は闇に包まれ始める。

ついに暗闇に包まれた。

暗闇に包まれると視覚が頼りにならない代わりに聴覚が鋭敏になる。虫の声が耳を楽しませる。風に揺られる木々のざわめきと動物の鳴き声は大自然の中にいることを感じさせた。空を見上げれば満天の星。人工的な明かりがない星空はまるで宝石箱だ。目が暗闇に慣れると更に見える星が増えるだろう。残念ながら知っている星座はひとつもないが。

さて、十分周囲は暗くなった。頃合だろう。

AN/PVS-7B、第三世代型NVGナイトビジョンゴーグルを取り出す。

今まで、幾つかNVGを買ってきた。

最初に買ったのはイスラエル製の単眼式(片目用)第一世代(自ら赤外線を発して反射してきた光を感知してみる方式)。こいつはまあお値段相応で解像度も低いは距離もさほど見れないはで散々だった。正直、無いよりはましといった感じだ。

人間の目というのは偉大なもので、暗闇の中にいると30分後には光の感知能力が物凄く増幅する。特に正面で見るよりは視界の端に写る部分は中々のものだ。これを周辺視と習ったことがある。で、ナイトビジョンを使うとこれが失われる。一度、光を見るとまた再び目を鳴らさなければならないのだ。なので、片目をつぶるか赤いサングラスを着けなければならない。まあ、そんなわけで第一世代はあまりい思い出が無い。

続いて買ったのは、ブッシュネル製のデジタル方式(デジカメの内部機構を使い、赤外線や光を増幅するように調整された方式)の単眼式5倍率。望遠鏡の用に遠距離を見る用途で買ったのだが、これもいまいちだった。ピント調整や光量調整がシビアすぎて使いづらい上、さほど解像度も高くなく遠距離を見渡せるほど感知能力も高くなかった。おまけに、倍率のせいで至近が見れないという致命的さがあった。

それから幾つか買ったものの、求めている性能は無かった。

だが、そんな中ついに理想の物を手に入れることが出来た。

それがこのAN/PVS-7Bだ。

アメリカ軍使用の第三世代型(月や星の光を増幅して視界を得る方式)NVGということで、90年代の品物なのだが解像度や感知能力、使い勝手が今まで買ってきた品物とは違いすぎた。

ネットのオークションで1ヶ月分程の給料を使ってフルセットを購入したが、満足している。

NVG共通の視野が狭いのと、距離感が掴みにくい、装着すると前側が重くなる以外は何も不満点はない。

ただ、重箱の隅をつつくなら、AN/PVS-7Bは一つしかない対物レンズで捉えた映像を両目の接眼レンズにプリズムで分岐している関係上、スコープやダットサイトが位置的に覗けないのが少し残念だ。

ともあれ、そんなAN/PVS-7Bでこれからするのは星空を眺めたりではない。いや、これが肉眼では見ることが出来ない星も普通に見れるから実に良いのだ。都会でも満天の星が見れるのは中々良いものだ。念のため言うが、カップルが多い公園に単身潜りこんでスニーキングミッション等はしたことが無いぞ、本当だ。精々、基地警備訓練の夜間訓練の際にフェイカー(仮想敵)役で散々暴れまわったぐらいのものだ。あれは実に愉快な経験だった。歩哨を何人も捕縛して回ったのは面白かった。

・・・・・・・加減しろ馬鹿と怒鳴られたが知ったことではない。

ああ、話がそれた。

今から行うのは、NVGの光増幅機能を使った捜索だ。

人間は夜に火を使う。暗闇の中で火を焚くと、それは恐るべき程遠くまで視認できる。タバコを吸っているだけで数キロ先で発見される位だ。ただ、この周囲は森に囲まれている。なので、木々が遮るため通常では視認できない可能性がある。また、家の中で暖炉などを使われるとわからない。

だが、NVGならばそれらも感知できる可能性があるのだ。唯一の問題点は解像度の低さ。いかに、民生品などに比べれば高解像度といえど、肉眼には劣る。人工的な光源を見つけたところで、細部はわからないのだ。

まあ、論より証拠実際に試してみよう。

アイピースを目に押し当ててトグルスイッチをカチカチ捻る。

視界が緑と黒に染まる。これぞNVG、文明の利器だ。人類は光を使わずとも暗闇を制した証。

ほんの少し、高周波音が聞こえるが、それ以外は何とも無い。第一世代はこの高周波音が本当に耳障りだった。

周囲を見渡す。

・・・・・・・見事に何も光は無い。

少し見渡したが何も・・・・・いや、あった。この方角は・・・・・。

ああ、犬頭と出会った場所だ。未だ宴の真っ最中らしい。

その他には・・・・・・本当に何も無い。星明りを反射したのか時折水面らしき部分が光るくらいのものだ。

・・・・・・ふと、足元というか射撃場の周辺を見てみた。

幾つか光が反射した。

二つづつ連なっている、これは目だろう。

フォーカスを合わせる。

・・・・・・・・犬頭が数体いる。つけられていたか?

観察を続けるが、武装等は無い。

こいつらは何をやってるんだか。

射撃場は頑丈な扉で守られている、開けられることはまず無い。屋上への階段も外側には無い。登ることもこの高さなら大掛かりな道具を使わなければまず無理だ。

危険は感じない。

そんなわけで、捜索は何の発見も出来ずに終了。

やれやれ、徒労だったか。

NVGのスイッチを切り、ライトに切り替える。

焚き火に火をつける。最初は火が小さかったのが徐々に大きくなっていく。

枝から太目の枝へと徐々に火を移していく。良い塩梅だ。火力が安定してきた。

折りたたみ椅子に座りながらじっと火を見る。引火すると困るので毛布は近くにない。

ああ、何というか和む。張り詰めていた心が緩んでいくのを感じる。

思えば今日は色々あった。肉体的にも精神的にも疲れている。

だが、それも火を見ていると霧散していく。変幻自在に変化する火を見るのは意外に良いものだ。

何といえばいいのだろう?知り合いが誰もいない外国で唐突に親友に出会ったような感覚だ。何も言葉は言わないでも通じるような安心感、そんな感じがした。

日が落ちた後の肌寒さが炎の熱で払拭される。何より、身体よりも心の中に何か暖かさが満ちた。ああ、落ち着く。これで話し相手と酒があれば言うことは無い。無いものねだりだが。

それでも、話し相手はいないが天然のBGMがある。

焚き火の音と虫の音、闇夜に羽ばたく蝙蝠の羽音、未だに寝ていない鳥の鳴き声、風の囁き、獣の遠吠え、木々のざわめきが耳を癒す。

天には星の瞬き、月も綺麗だ。星明りに照らされた雲が流れていく。木々は黒々とした影。

良い夜だ。

そう思いつつ、まどろんだ。明日もこの光景が見れると良いなと思いながら。

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