コンバットストレスリアクション
戦闘ストレス反応。戦闘によってもたらされる心理的な反応。
抱きついてきた犬頭はこちらの様子を伺うように見上げてくる。
本来、犬よりも猫派だと思っていたのだが、これにはやられた。
足に抱きついたままそのつぶらな瞳で見つめながら小首を傾げる素振りは致死レベルだった。
ただ・・・・・問題は犬頭が何を伝えようとしているかだ。
声帯の形状が違うらしく、犬猫が鳴いているようにしか聞こえない。
全く持って意図が伝わらない。
そう思ったら、犬の死骸の前までぐいぐい引っ張ってつれてこられた。
・・・・・・・うすうすと想像がついた。
子供の犬頭の外見を観察するに、痩せているように思えた。満足に食事を取っていないのかもしれない。
つまり、この巨大な犬の死骸を食べたいらしい。
共食いじゃなかろうかと思う。いやまあ、顔が似ているだけで全く別種の生き物だとは思うのだが。
ともあれ、まとわりつく犬頭をやさしく引き剥がしい犬の死骸に向かってそっと一押ししてやる。
犬頭は戸惑った。怖いのかもしれない。それはそうだ。自分の何倍もの巨体を目の前にすれば怖い。それも今さっき襲い掛かってきたのと同種だとすれば。
だから、安心させるように一芝居うつ。
銃剣を抜いて、首筋に突きたてた。これでもう死んでいるのが解るはずだ。
その銃剣を引き抜き、犬頭に握らせる。
戸惑ったまま身動きが取れなくなるか、捌き始めるかと思ったのだが違った。
・・・・・・・・・・・犬頭は銃剣を何度も何度も犬の死骸に突き立て始めた。
その様は鬼気迫るものがあった。思わず呆気にとられる。
小柄な犬頭には如何にも銃剣は大きすぎた。それでも、何度も何度も振りかぶっては下ろす。止めようと思った、だが止めれなかった。
何がこの犬頭を突き動かすのか?
食欲などでは断じて、ない。
本能に基づく行動にも思えない。
では・・・・・怒りか?
今さっき襲われた意趣返し?違う。
これはもっと根が深いものだ。
もう一頭の犬も同様に他の犬頭に嬲られていた。
それは、ひどく見慣れた光景だった。
ボスニア、チェチェン、アフガニスタン、ソマリア・・・・海外の報道番組には良くこれらの映像が流れていた。
有史以来、戦争時、紛争時、平時を問わず地球上で数限りなく行われていた行為。
その名は復讐、負の連鎖。
思わず、天を仰ぎ見る。
絶望感とも、無力感ともわからない感情が胸をつく。
止める事も出来なければ、権利もない。
だが、それでも・・・それがわかっていても限界だった。
疲労で動きが緩慢になった犬頭が銃剣を振りかぶった瞬間、後ろからそっとやさしく犬頭の手を両手で包み込む。
驚いた犬頭が振り向いた。
目に浮かんだ感情は読めない。虚ろだった。
返り血に濡れた銃剣を怪我をさせないように慎重に奪い取り鞘に戻す。そして、そっと抱きしめた。
犬頭は抵抗しなかった。
そのまま、どのくらい時間が経ったのだろうか。
手の中の犬頭は眠っていた。
その軽い体を起こさないように、そっと抱き上げる。
振り返ると、犬頭たちの半分くらいは犬の解体や火起こし、シェルターの作成等の野営の準備を行っているようだった。
残り半分はこちらの観察。
観察している集団に歩み寄る。1体の犬頭が進み出てきた。武装はない。
小柄の犬頭をその犬頭に預け、早足で逃げるように立ち去った。荷物を回収した後は全力で走る。
背後で何か聞こえたが無視した。
離れた位置の小川で血に汚れた手と銃剣と鞘を丹念に洗う。
水面をぼんやり眺めながら、先程のことを考える。
あのまま犬が犬頭の背後から現れなければ、犬頭を虐殺していただろう。負の連鎖の仲間入りだ。生きるための殺傷ならばともかく、あの時はそこまでの緊急性は無かった。任務でもなく、命令でもなく、生き残るためでもなく、単なる殺戮。それをそのうち何とも思わなくなった自分を想像して、ひどくゾッとした。
鬱々とした気分を顔を洗って気持ちを切り替える。
過程はともあれ、今日は十分成果を果たせた。
帰ろう、我が家へ。今日はもう疲れた。本当に疲れた。