バヨネット
銃剣。、銃の先端部に装着して、槍のような戦い方ができるように工夫された武器のこと。
アドレナリンが燃えつき始めたようだ。
微妙な気だるさと眠気を感じる。
耳鳴りと、右足首の痛み、胸の痛みが急に気になった。
それでも、腰を落とすわけにはいかない。座り込んだら最後、寝てしまいそうだった。
64式を構えなおす。
死者に鞭打つようだが、必要な行動だ。
倒れ伏した犬の首筋に銃剣を突きたてる。
皮膚の感触だろうか、かなりの抵抗をがあった。それが終ればバターを切り裂くように一切抵抗が無い。生きているならば、筋肉が銃剣に絡む。それは渾身の力をこめても引き抜けないほどだと聴いたことがある。
そんな時はどうすればいいか?銃で撃てばいい。反動と撃った銃弾で筋肉内に形成される瞬間空洞が容易に銃剣を引き抜かせてくれる上、止めもさせる。
ともあれ、犬は確実に絶命していることがわかった。
とりあえず、危機は去った。安堵のため息をつく。水筒から水を一口飲もうと、水筒に手にとりキャップを外そうとしてはじめて気が付く。手が小刻みにだが震えていた。
何だ、大層怯えてるじゃないか。それとも、アドレナリンの影響だろうか?ああ、トイレを済ませていて良かった。確実に漏らしてたな。そうそう、戦闘処女損失おめでとう。これで俺もチェリーボーイじゃなくなった。我らが倶楽部へようこそってやつだな。
人事のようにふと思う。戦場心理学の本を読んでいてよかったと思う。自分がどんな状況か理解できてコントロールできるのは有難い。まあ、半ば現実逃避に近いが。
水を一口のみ、目を閉じて深呼吸をする。
早鐘のように早かった鼓動が落ち着いていくのが感じられる。
OK、いいぞ。なすべきことをしよう。
まずは荷物の回収だ。
少し離れた位置にあるリュックを拾うために歩く。
最初は少し違和感を覚えていた右足は、歩いているうちに少しうずくだけで痛みが引いていった。耳鳴りは相変わらずだが。この耳鳴りは後を引きそうだ。寝るまでには治って欲しいのだが。
リュックは犬に小突き回されて多少薄汚れていたものの、特になんとも無かった。食料等を入れていたらもう少し別の結果になっただろう。コーデュロナイロン製とはいえど、本気で歯をたてられたらかみ裂かれていた可能性が高い。
一応、中身も確認したが大丈夫だ。
そういえば、もう一つ重要なことを忘れていた。
けん銃が吹っ飛ばされた拍子に何処かにいっていた。
少し探すとすぐに見つかった。
砂地に落ちたので、少し砂にまみれている。油を塗布してある部分に砂が付着している。
まあ、念のためというか休憩がてら、銃の作動チェックと使用した弾を補充しておく。
10分ほど座り込み、英気を養った。
続いて、本日一番の大仕事の前準備を行う。
湖に沈んでいる石を一つ一つ拾い集めていく。
探している石の種類は砂岩か泥岩。石英質を含んでいるものがいい。
丁度良さそうなのが幾つか見つかる。
石のきめの細かさと、表面の平らさを基準にそのうち幾つかを選ぶ。
程々目が細かく、微妙にきらきらと輝いて、表面が平らな砂岩を最初に試してみようと思う。
ちなみに、今からするのは64式の銃剣の研ぎだ。
銃剣というのは、通常平時には刃が付いていない。
先端は尖っているので、突き刺す用途には使えるものの切ったりすることは出来ない。研がなければならないのだ。
更に条件が付く。
普通、銃剣の刃は柔らかい。ナイフや包丁等、切れ味や刃の持ちを優先する刃物と比べれば明らかに柔らかいのだ。
理由は簡単。求められている能力が普通の刃物と異なるからだ。
銃剣は文字通り、兵士にとって最後の武器だ。そして、多目的なツールでもある。切る以外にも必要に駆られれば使う可能性が高い。
例えば、塹壕堀り。手元にスコップが無い場合はどうするか?手で掘る?ナンセンスだ。そこらへんに落ちてる木の枝を使う?まあ、出来なくもない。だが、それが無い地域だったら?銃剣を地面に突きたて柔らかくした後に手で掘るしかない。
つまり、そのような事をする可能性があり、そのような事に耐えれるように作られているのが銃剣だ。折れる可能性があるので、硬さも重要だが粘り強さに重点が置かれる。なので、本来銃剣は刃物としては柔らかいのだ。本来は。
で、その本来の銃剣とは異なるものが手元にある。64式の銃剣だ。
こいつは、日本人特有の凝り性というか、ナイフほどではないがそれなりに固い鋼材で作られている。普通に刃物として使える。
さて、そのような銃剣を今から研ごうと思う。
砥石として選んだ砂岩を地面に置く。湖に沈んでいたので内部までしっかりと水がしみこんでいる。これが重要。研ぎの基本だ。
よく、水道の蛇口の真下に砥石を置いて水を小刻みに出しながら研ぐ人がいる。
あれは間違いだ。
数時間砥石を水中に沈め、水分をよく含ませた後、水分をほとんど足さずに研いだほうが良いと聞いた。水分はあくまで潤滑と冷却の意味でしかない。研いでいると摩擦熱で刃が鈍るのだ。それを防ぐのが、水気を含んだ砥石。更にもう一つ言おう。実は研いでいる際には砥石の表面で研いでいるわけではないらしい。重要なのは、研いでる際に出る研ぎ汁らしい。それをわかった上で、砥石の表面を削り平面を作れば、研ぎの半分が終ったといえるらしい。まあ、俺はそこまで辿り着けないが。
ともあれ、今は銃剣を応急的に研ぐことにしよう。
当座は刃が付けばいい。
だが、意外に難しい。一定の角度で規則正しく前後するだけの作業なのだが、ゆえに難しい。
今まで研いできたのがナイフや包丁のような比較的薄刃の刃物が多かったのだ。
銃剣のような少し厚めで角度が異なる刃を持った刃物はしたことが無い。
おまけに砥石は平面と言いがたい状態。一応、周辺の石で擦り合わせて削り、平面が出るようにしたが、それでも不十分だ。満足とは言いがたい。
だが、それでも時を忘れて一心不乱に全力を振るった結果、満足できる一品が出来た。この銃剣は完璧だ。最後の仕上げで手のひらで撫ぜて刃についたバリを落とした後、試しに腕の産毛を剃ってみたが普通に剃れた。そして、先端は産毛も剃れるようなレベルだが、刃の根元は木の枝に食い込みやすいレベルに荒らしておいた。多目的に使えるようにだ。
時計を見ると2時間研いでいたらしい。我ながら集中しすぎである。
さて、ようやく大仕事に取り掛かれる。
と、思ったのだが・・・。
変な生き物に取り囲まれていた。
・・・・・・・我ながら集中しすぎである。
さて、どうするべきだろう。
とりあえず、研いだばかりの銃剣を64式に着剣する。安全装置は・・・・タ、単射だ。
・・・・・・・・・・・本当にどうしようか。