幕間1 コボルト
あたしの名はナーフ・ユーノ。
ナーフは村の名だ。
ユーノは生みの親につけられた。
番を組んだら、名前が変わる。
今はナーフ村のユーノだ。
だが、ナーフ村はもう無い。
ナーフ村は七日前に消えた。
その日、あたしは成人する日だった。
気に入ったオスがいれば、番になれる。
そんなハレの日だった。
でも、気に入るようなオスはいない。
周りにいる成人したばかりのオスは、まだ子供に思えた。
自分で作った石の短剣を見せびらかしたり、狩りで捕った獲物の毛皮を見せびらかしてくるばかりだ。
綺麗だと思う。
作るのに凄く時間がかかったのはわかる。
でも、あたしが求めているのは、そんな事じゃない。
言葉では表せない。
まあ、時間はまだあるのだ。
良い相手が見つかり、あたしも生みの親のように素敵な番になれるだろう。
その時は、そう思っていたのだ。
それが来るまでは。
その日に、悪魔が現れた。
黒く、巨大な影が村を引き裂いた。
デビルドッグだ。
男衆は村を守るために戦った。
全員、死んだ。
その中には、あたしの生みの親の片割れがいた。
あたしの村は、生まれた子供は村全体で育てられる。
村自体が家族であり、血族だ。
生みの親というしばりは、あまり無い。
それでも、あたしの生みの親の片割れがいなくなったのは悲しい。
信じられない。
でも、気にしてはいけない。
それが、この村の掟だ。
死は悲しい。
別れは辛い。
だが、死は幾らでも溢れている。
些細な事に気にかけていたら、村が全滅する。
今みたいに。
我が種族は、力が弱い。
戦うすべが無い。
無力だ。
元々、地の恵みを受けて、植物を育てて細々と生きていた。
強い種族が住処に近づいてきたら引き、逃げる。
それで、今までは生き延びてきた。
我が種族を襲っても何も利点は無い。
その時までは、そう思っていた。
男衆が全滅してからは、毎日逃げ回っていた。
村のあった場所は既に何処かわからない。
奴らは、いつもあたし達を見ている。
背後から時折、悲鳴が聞こえた。
また、食われた。
目的の地に着いた。
竜の巣だ。
ここに住んでいる竜は強い。
この地ならば、デビルドッグも好き勝手できないはずだ。
だが、竜がいる気配は無い。
竜の気配は、独特だ。
存在するだけで、空気が違う。
静かになるのだ。
虫も、鳥も、風さえも静かになる。
それが無い。
竜はどこに行った?
わからない。
でも、わかることがある。
ここで、あたし達は死ぬんだ。
竜なら、守ってくれると思っていた。
その竜がいないのならば、守ってもらえない。
だから、あたし達は死ぬんだ。
生みの親は、既に両方食べられた。
あたしが食べられていないのは、若くて動きが早いだけだ。
今日か、明日には食べられるだろう。
湖の畔に辿り着いた。
ようやく、水が飲める。
重い身体を必死に動かした。
だが、思う。
生きていて、何の意味があるのだろう。
生きていても、食われるだけだ。
それでも、生きたい。
食われるにしても、腰から吊るした石の短剣で一突きしてやる。
湖畔には変な生き物がいた。
緑一色の生き物が座り込んだまま、何かをしていた。
飽きないのか不思議な位に、ずっと同じ事をしている。
本当に、この生き物は何なのだろうか?
その生き物は唐突に立ち上がった。
思ったよりも大きい。
あと、緑一色と言ったのは間違いだ。
この生き物はニンゲンだ。
緑なのは服を着ていたからだ。
ニンゲンは危険だ。
何をするかわからない。
それでも、このニンゲンは安心だ。
鎧も、剣も、何も持っていない。
ニンゲンは弱い。
武器が無いと何も出来ない。
男衆がいないあたし達でも、狩ることができる。
気の毒だが、ニンゲンはあたし達に、狩られる。
内心、良い気味だと思った。
あたし達の苦しみを、あたし達の嘆きを味わえ。
無防備なのが、悪いんだ。
囮になって、少しは時間を稼げ。
そう思った瞬間に、悪魔が現れた。
次の餌を求めてデビルドッグが姿を現したのだ。
逃げようと思った。
でも、逃げれなかった。
足に力が入らない。
手が、足が無意味にバタバタ揺れる。
嫌だ!
食べられたくない!
あたし達は食料なのか!
嫌だ!
そんなの嫌だ!
助けて!
誰でもいいから!
徐々にデビルドッグが、近寄ってくるのがわかる。
目の前に迫る。
生みの親の顔を思い浮かべた瞬間に、『それ』は起こった。
デビルドッグの右目が消えた。
一瞬後に大きな音が聞こえた。
デビルドックは倒れた。
……死んだ。
何が起きた?
これは、攻撃か?
あたし達では出来ない。
では、誰が?
背後を見る。
ニンゲンが寝転んでいる。
そのニンゲンの横に黒い塊が見えた。
驚いた。
あれも、デビルドッグだ。
理解が出来なかった。
デビルドッグをあんなに離れた位置から一撃で倒すのは不可能だ。
魔法でも、魔術でも無理だ。
ならば、それを何と言えば良いのか?
奇跡だ。
そう思った瞬間、あたしは駆けていた。
あのニンゲンが助けてくれた!
あのニンゲンが生みの親の、村の仇を討ってくれた!
後ろから「危ない!」、「近づくな!」「ニンゲンだぞ!」と、聞こえる。
でも、気にしない。
本当は死んでいた。
確かに危ないかもしれない。
死ぬかもしれない。
でも、食われて死ぬよりは、ましだ。
良くわからない物に背中を押されて、懸命にニンゲンに向かって走った。
そのニンゲンは痩せて背が高くて、目つきが鋭かった。
服は今まで見たことが無い、変わった物を着ていた。
そのニンゲンに、あたしは抱きついた。
ニンゲンは生みの親がしてくれたように、頭を撫でてくれた。
耳に当たらないように、気をつけてくれる。
多分、このニンゲンは優しい。
何故か、今までで一番安心できた。
このニンゲンと番になりたい。
何故かそんな言葉が胸に浮かんで、消えた。
すみません、ビール1リットル呑んだ後、勢いで書いてしまいました。
書き終わった後は、更にビール1リットルと泡盛をロックで0,5リットル呑んでました・・・・。
次回は普通に本編です、多分。