プロローグ 零点規正
零点規正(ぜろてんきせい、ゼロイン)
平均弾着点を照準点へ導く操作。
作者と主人公の好みのせいで、銃器の描写が濃い目注意。
多分、本作のヒロインは64式小銃です。
22年12月3日 装備品名称の補足、サブタイトル改定
Y県にある屋内射撃場。
200mの射撃訓練が出来る分厚いコンクリートの塊。まるでチェルノブイリの元原子力発電所、「石棺」のようだ。
そんな中に俺はいた。
外の明かりは一切入ってこない。寒々しい水銀灯の明かりが全てだ。この射撃場は外見もそうだが、中も心を冷やすような無機質な雰囲気だ。好きになれない。
まあ、もっとも今からすることを考えると不快感も吹き飛んでお釣りが来る。
今からするのは、弾薬の消費だ。
平時でも有事に備えて過剰に弾薬等は生産される。錬度維持目的の通常の射撃訓練では消費しきれない量を、だ。
当然、使い切らないといけない。だから、時折射撃場の盛り土(標的の後ろに弾を受け止める意味で盛ってある土)が変形し土埃で標的が見えなくなっても更に打ち込む位の弾を消費しないといけない。
屋内で撃つので銃声が反響する。耳栓をしていても苦痛に感じる程の大音量を幾度とも無く味わう。銃の反動で肩に痣が出来るたうえで更に撃つ。銃の重さを支えるのと、テッパチ(88式鉄帽、ヘルメット)の重量に耐えるために筋肉痛で明日は死んでいるだろう。
今からするのはそんなことだ。1人辺りノルマは1000発。下手すれば、自衛官が撃てる弾数を今日だけで撃ち切るのだ。
素晴らしい。
それが、もう数分後まで迫っている。他の人間は今は最後の休憩。射撃場の外でタバコやトイレといったところだ。
そして、自分はというと銃の最終調整だ。
相棒の64式(64式7.62mm小銃)に耐熱のビニールテープを張った後、私物のスコープマウント(スコープなどを取り付けるための金具)を取り付ける。何故かは知らないが、64式にスコープマウントを取り付ける際はテープか紙を緩衝材として着けないと照準が狂うのだ。
がたつきが無いのを確認後にスコープマウントに私物のダットサイト(銃の照準を容易にするための器具。レンズを覗き込めばレーザーで映し出された光点が出るのでそこを狙って撃つ)のMD-33(サイトロンジャパン製の実銃用ダットサイト、価格の割りに非常に高性能。市販されている)を取り付けた上で、私物のチークパッド(銃にスコープやダットサイトをつけた際にレンズを覗き込むのを容易にする器具)を取り付ける。
それで終わりではない。ダットサイトの調整がある。
よくFPS等のゲームでスコープ等のアイテムを手に入れて、銃に装着して正確に射撃していたりする。だが、現実の射撃はそんなに甘くない。
詳しい説明は省くが、銃に合わせてやる必要がある。
今は実際に撃つわけにいかないので、簡易的に調整するしかない。
銃に弾丸型のレーザーポインターを装てんする。これで、銃口から銃身と同じ向きにレーザーが照射される。厳密に言うと異なるが、弾を撃ったらどう飛ぶか簡易的にわかるわけだ。
ダットサイトの光点とレーザーポインターの光点を合わせれば大体照準が合う。
大体というのは、銃口から発射された弾丸は重力に導かれて徐々に山形の弾道をかくのと、銃身に刻まれた溝であるライフリングの向きに左右されて若干弾道が逸れるのと、銃口とダットサイトの位置の違い、個人の癖、銃自体の個体差等で弾道が逸れる。
ここは屋内で200mなので心配する必要は無いのだが、風向きも重大な要因だ。
個人的に、射撃はスキルでありアートだと思っている。
それは、人と銃の対話であり、相互理解の結果である。駄目な銃も確かにいる。だが、大体駄目なのは撃つ人間側が原因だ。
反動を怖がっていないか?ブラストや銃声にびくつくな!引き金を真っ直ぐ後ろに引いているか?引き金を勢いよく引きすぎて右に引っ張られてないか?呼吸を落ち着かせろ、酸素不足は視力が落ちる。両目をしっかり開けろ、片目を閉じると視力が落ちる。口を半開きにしろ、頬を銃に当てるのがしっくり来る。エトセトラ・・・・。
それらを無意識に行えるようになって初めてまともに撃てる。
銃を撃つのは誰でも出来る。当てるのは難しい。
まあ、今日は気楽に弾を派手にばら撒くだけなので何も心配は要らない。そう思った瞬間だった。
射撃場の明かりが消えた。
周囲が真っ暗になる。
胸ポケットから取り出した携帯で周囲を照らしながら、無駄に頑丈なドアを開けて屋外に出る。
一瞬、眩しさに目がくらむ。
ドアを開けた先は・・・・・人が入ったことの無いような森が広がっていた。
何処だ、ここは。
道路は?同僚が休憩していた待機所は何処に消えた?電線が何故切れて垂れている?
声を出す。同僚の名を呼ぶ。呼び続ける。冗談だろう、冗談だといってくれ。返事は無い。
胸に沸き起こる焦燥感。
何かが起こっている。何が起こっているのかはわからないが。
調べなければならない。
だが、何を?
俺は途方にくれた。