第二十一話:欠けゆく数字 —— 算術の迷宮
第3章 第5話:欠けゆく数字 —— 算術の迷宮
若年性アルツハイマー型認知症。その病名が藤堂の人生に影を落としてから、数ヶ月が経ちました。
幸いなことに、早期発見と適切な投薬治療が功を奏し、霧が立ち込めるような記憶の混濁は、一時的にその進行を緩めていました。藤堂は、毎日決まった時間に錠剤を飲み、頭の中に残る「砂」がこぼれ落ちないよう、必死に食い止めていたのです。
「まだ、大丈夫だ。薬が効いている間は、俺は俺でいられる」
彼は自分にそう言い聞かせ、相変わらず教壇に立ち続けていました。買い物にはメモを持ち歩き、生徒の名前は座席表と照らし合わせながら、一歩ずつ慎重に日常を歩んでいました。
しかし、病魔は藤堂の油断を嘲笑うかのように、記憶とは別の場所——論理と数字を司る領域を侵食し始めたのです。
レジでの沈黙
その日は、定期検診の帰りでした。
藤堂は病院の近くのコンビニエンスストアに立ち寄り、昼食のパンとコーヒーをレジに持っていきました。
「六百四十円になります」
店員の若者の声。藤堂は財布を開きました。
小銭入れには、百円玉が数枚と、五十円玉、そして十円玉が十数枚入っています。
(六百四十円……。まずは、百円玉を六枚……)
彼は指先で小銭を数え始めました。「一、二、三……」と順調に数えていたはずでした。しかし、四枚目を数えた時、突然、頭の中の「計算式」がバラバラに崩れ去ったのです。
(四百……。あと、いくらだっけ。六百四十から四百を引くと……。ええと、六たす四は、十で……)
「六たす四は、十」。その単純な事実が、今の彼には、解けない高次方程式のように複雑に感じられました。指先にある硬貨の合計がいくらなのか。自分が今、何枚目の百円玉を置いたのか。数字という概念が、意味を持たないただの記号へと変わっていく恐怖。
後ろに客が並び始めました。店員が怪訝そうな顔で藤堂を見つめます。
「……すいません。一万円札でお願いします」
結局、彼は計算することを諦め、逃げるように大きな札を差し出しました。
受け取ったお釣りの小銭が、ジャラジャラと財布を重くします。その重みは、彼が失いつつある「能力」の重みでもありました。
狂い始めた「時間」と「成績」
学校でも、異変は顕著に現れ始めました。
藤堂は国語の教師ですが、成績処理やテストの採点には計算が不可欠です。
期末テストの採点中。彼は、一人の生徒の点数を合計しようと、赤ペンを握ったまま静止しました。
「十五点足す、八点足す、十二点……」
余白に筆算を書き込みますが、繰り上がりの「一」をどこに書けばいいのかが分かりません。五たす八は十三、そこに二を足すと十五……。そこまでは分かる。でも、その「十五」が、全体の中でどのような重みを持つ数字なのか、十の位に何を足すべきなのかが、暗い穴の中に吸い込まれるように消えていくのです。
「……嘘だろ。足し算だぞ、これ」
彼は何度も電卓を叩きました。しかし、電卓の液晶に表示される「35」という数字が、本当に正しいのかさえ、今の彼には確信が持てませんでした。三と五。それが並ぶと、なぜ三十五になるのか。数字の並びに潜む「論理」が、砂の城のように崩れていく。
授業のチャイムが鳴りました。
「藤堂先生、今日の授業、あと何分で終わる?」
生徒の何気ない問いかけ。藤堂は壁の時計を見ました。
針は十時四十分を指しています。授業終了は十時五十五分。
「……あと、少しだ」
彼はそう答えるのが精一杯でした。五十五から四十を引く。かつてなら一瞬で「十五分」と弾き出せた計算が、今の彼には、途方もない距離を歩かなければ辿り着けないゴールのように感じられたのです。
第三の共犯者
放課後。藤堂は旧図書準備室で、頭を抱えていました。
机の上には、計算を間違えて赤ペンでぐちゃぐちゃに汚された集計表。
「……先生。手伝いましょうか」
不意に声をかけたのは、あの転校生の少年でした。
彼は、かつて高橋先生を支えた「書記係」に憧れていた生徒です。
「……ああ、悪いな。少し、目が疲れていてね」
藤堂は咄嗟に「嘘」をつきました。加藤先生から受け継がれた、あの悲しい自己防衛。
しかし、少年は黙って藤堂の隣に座り、電卓を取り出しました。
「僕、計算得意なんです。先生は、名前を読み上げてください。僕が打ち込みますから」
少年は、藤堂の「嘘」に気づいていました。
レジで戸惑う藤堂の姿を、偶然見かけていたのかもしれません。あるいは、授業中に時計を何度も見返しながら立ち尽くす彼の異変を、敏感に察知していたのかもしれません。
「……十五点」
「はい」
「八点」
「はい」
二人の間に、静かな数字のやり取りが響きます。
藤堂は、自分の尊厳が崩れていく情けなさと、少年の差し伸べてくれた手の温かさに、胸が詰まる思いでした。
(先生。……僕は今、あなたの孤独をようやく知りました)
高橋先生も、文字が書けなくなる恐怖と戦いながら、僕にペンを託した。
加藤先生も、階段を上れなくなる絶望の中で、僕たちを信じた。
今度は僕が、数字を失う絶望の中で、この少年に支えられている。
ノートに刻む、壊れゆく理知
その夜、藤堂は「黒いノート」ではなく、自分で用意した「僕が、僕を忘れるまでの記録」を開きました。
六月十五日。
今日、一たす一が、時々分からなくなる。
数字は、僕を裏切り始めた。
論理という足場が崩れ、僕は抽象的な世界へと放り出されている。
生徒の成績をつけていて、泣きそうになった。
僕が採点を間違えれば、あの子たちの未来を壊してしまう。
僕はもう、教師でいてはいけないのかもしれない。
けれど、あの少年が言った。
『先生は名前を読んで。数字は僕がやるから』。
僕は、またしても誰かに『生かされて』しまった。
藤堂の文字は、以前よりもさらに乱れていました。
行の間隔がバラバラになり、文字の大きさも一定ではありません。
しかし、その文字には、理知を失いながらも「人間」であろうとする、凄まじい執念が宿っていました。
藤堂は、ペンを置き、自分の両手を見つめました。
数は数えられなくても、この手で生徒の肩を叩くことはできる。
計算はできなくても、生徒の心の痛みを聴くことはできる。
「英雄」にはなれなかった。
「完璧な教師」も、もう終わった。
けれど、「泥だらけの、壊れゆく大人」として、あの子たちの前に立つことだけは、まだ許されているはずだ。
彼は、震える手で最後の一行を書き加えました。
『1+1は、きっと、一人と一人の出会いだ。それだけは、忘れたくない。』
藤堂は、そっとノートを閉じました。
窓の外では、梅雨の雨が静かに降り続いていました。
すべてを洗い流すような雨音の中で、彼は明日という日が来ることを、かつてないほど切実に願っていました。
たとえ明日、時計の読み方を忘れてしまっていたとしても。
彼はまた、あの少年の助けを借りて、教壇に立つのです。
それが、彼に託された、三代目の「ケジメ」なのだから。




