第2話
端的に言って、俺――六丈名央の人生は勝ち組だった。
生まれながらに容姿も家柄も能力もすべてにおいて恵まれていて、何をやっても上手くいってしまう。その上で、とっても気さくな性格をしているものだから、信頼できる友人も多いという。もちろん異性からもモテモテだ。
と、そんな具合に俺がこれまで十七年ほど歩んできた道のりは、石ころ一つの障害も転がっておらず、順風満帆で快適そのものといった調子だった。この先に待ち受けている未来も明るい。
まったく、我ながらなんて素晴らしい人生で――。
そしてなんてつまらない退屈な人生なのだと思わずにはいられない。
だってそうだろう?
こんなのレベルがカンストしているRPGを延々とプレイし続けているようなもんじゃねえか。あまりに上手くいきすぎていて面白みに欠けている。
人生ってのはそういうのじゃなくて、もっとこう、山あり谷ありだからこそ輝くもんなんじゃねえのかよ! とか。悶々としながら高校二年生の夏休みを迎えたある夜のことである。
俺は景浦ヒナミと出会ってしまったのだった。
× × ×
「――はっ!」
目覚めた。俺はベッドの上で寝転がっていた。視界には淡い色をした天井が一面に広がっている。
どこなんだここは今は何時だ俺は何をしている。と、寝ぼけた脳みそを呼び覚まして記憶を探ろうとする前に、俺の頭上から脳天気で甘ったるい女子の声が降ってきた。
「おっはよーっ。もう、名央くん。起きるのが遅いよぅ」
琥珀色をした垂れ目気味の大きな二つの瞳が至近距離から俺をまじまじ見下ろしてくる。庇護欲をかき立てられるような可憐であどけない整った顔立ち――声の主は、ヒナミだった。
俺は自分の身に起きたことを思い出した。
というかヒナミの顔を観た瞬間に、嫌が応でも、脳内にフラッシュバックしてきた。ついさっき玄関のドアを開けた先で、ヒナミの手刀によって、俺の首が黒ひげ危機一発みたいな感じで勢いよく刎ね跳ばされたトラウマ級の光景が。
そうだった。俺はこのマンションから逃げだそうとしているところをヒナミに見つかって殺されたのだった。
殺された――そう、間違いなく俺は死んだ。
けれど今の俺は生きている。なぜか?
その理由を説明するには、まずもってヒナミが何者かを語らにゃならんのだが……
「ねえ、ところで名央くんはお腹空いてる? もちろん空いてるよね? だって今の今まで死んでたもんね? お腹空いてなきゃ嘘だよね? ね?」
長い睫毛を瞬かせてヒナミがぐいぐいと迫ってきたので思考が遮られた。圧が強いな。おい。
「あー、いや。腹はあんまり空いてねえかな」
「え? ……空いてないの?」
途端に俺を見つめるヒナミの目がきゅっと細まった。一気に声のトーンが三段階ほど冷たくなって、それに呼応するように室内の体感温度も冷蔵庫かってくらいに下がり始めた。
あ、やばい。
これはヒナミがブチ切れる兆候だった。どうやら俺は返答をミスってしまったらしい。
慌てて満面の笑みを取り繕う。
「あっはっはっ。なーんてな。空いてる空いてる。超空いてるよ。今なら満漢全席でも一人でぺろっと平らげられそうだぜ」
「ほんとに!? だよね! よかったー」
ヒナミが嬉しそうに両腕を広げる。サプライズで誕生日を祝うときくらいのテンションで。
「そんな名央くんに朗報ですっ! なんとあなたの愛するヒナミちゃんが腕によりをかけてご馳走を用意しているのでしたー!」
「わー、うれしいなー(棒読み)」
「…………もしかして、あんまり嬉しくない?」
「わー! 嬉しいぜぇーっ!(迫真)」
「ふふ。そんなにがっつかなくても、ご馳走は逃げたりしないよぅ」
俺の決死の演技に、ヒナミがくすくすと楽しそうに笑う。
「でもでも、そこまで名央くんが喜んでくれてあたしも嬉しいっ!」
そしてベッドで上半身を起こした体勢の俺に向かって、いきなり抱きついてきた。
女子特有の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐって、決して大きくはないけれどとはいえ小さくもない二つの膨らみが着衣越しに俺の身体に押しつけられる。
一応、俺も思春期の男の子なので、女の子にこんなことをされれば興奮はしてしまう。たとえ抱きついてきた相手が俺を何度も殺してる物騒極まりない奴だとしても。
さて。
ヒナミに関する詳しい説明はいつかまた機会があったときにでもするとして、とりあえずこの物語における最重要事項を二つだけ先に述べておこう。
一つ目。
ヒナミは普通の人間のなんら変わらない見た目をしておきながら、中身は人間とは種類を異にしたまったく別の超越的存在であるということ。そして彼女の機嫌を損ねるともれなく俺が死ぬ――さっきの玄関先での一幕のように。
すなわちヒナミにとっては単なる日常の会話でも、俺にとってはどこに地雷が埋まってるかわからない命がけの地雷原みたいなものだと思ってほしい。
二つ目。
地雷原女こと景浦ヒナミに、目下、俺は惚れられているということ。それはもうベタ惚れのメロメロだ。愛が重すぎて、他の女の子と仲良さそうに喋ってたという理由だけで一週間も鎖につながれて監禁されちまったぜ。
……平穏な日常が恋しい。まじで。




