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藍色の空 ~第3章~  作者: ジョンジ


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第3章 クリスマスの灯(ひ)

街中がきらめきに包まれる夜、

笑い声や鈴の音が、どこまでも温かく響く。

だけど――その灯の下で、

誰かは涙を隠し、誰かは新しい想いに気づいていく。

藍にとってこの夜は、

“孤独”と“ぬくもり”が静かに交差する特別な瞬間だった。

挿絵(By みてみん)


街がきらびやかに輝く季節。

アーケードの天井を飾るイルミネーションが、まるで雪の結晶のように瞬いていた。

吐く息が白く滲み、手袋の上からスマートフォンを握る藍の指先が、少しだけ冷たい。


「ごめん、ちょっと遅れた!」

人混みの向こうから聞こえる声に顔を上げると、優芽が赤いマフラーを揺らしながら駆けてきた。

その後ろでは、翔太が大きな袋を抱え、肩で息をしている。


「ほら見て、ケーキ買った! チョコのやつ!」

「翔太が“いちごがいい”って言ってたけど、売り切れだったの」

「いや、俺はなんでもよかったんだけどな」

「また適当なこと言ってる!」

二人の軽口が、冷たい夜の空気を少し柔らかくした。


「空汰は?」藍が聞く。

「部活、ちょっと延びたみたい。もうすぐ来るって」

優芽の言葉に頷いたちょうどそのとき、横断歩道の向こうから、息を白くして走ってくる人影が見えた。


「悪い、待った?」

「来た来た! 野球男〜!」翔太が手を振る。

「ほんとに来たんだね、空汰。クリスマスまで練習とか、真面目すぎ」

「お前らが不真面目すぎなんだよ」

空汰が笑って言う。

その笑顔が街の灯に照らされ、藍は一瞬、目を逸らした。

頬がかすかに熱を帯びる。胸の鼓動が、冬の冷気に合わないほど早い。


みんなで集まるのが、こんなに嬉しいなんて。

藍はそう思いながらも、心のどこかで不安を抱えていた。

「こんな自分」が、その輪の中にいていいのか。

それを考えた瞬間、胸の奥に小さな痛みが走る。



ファミレスのドアを開けると、温かな空気と甘いケーキの匂いが包み込んだ。

BGMのクリスマスソングが静かに流れ、ガラス越しには粉雪が舞っている。


「来年もさ、こうやって集まろうね」優芽が言った。

「そりゃもちろん。藍んちでもいいじゃん」翔太が軽く笑う。

「や、やめてよ。狭いし……」藍は慌てて笑いながら視線を伏せた。


空汰がその様子を見て、小さく言った。

「藍って、バイトしてるんだよな」

フォークを持つ手が一瞬止まる。

「うん、まあ……妹の塾代とか、いろいろあるから」

「すげえな。オレなんか親に頼りっぱなしだ」

「そんなことないよ。空汰は努力してるでしょ? 野球も、勉強も」

「それは……ただ夢中なだけ。頑張ってるって言われると、ちょっと恥ずかしいな」


空汰が頬をかきながら笑った。

その笑顔が、藍の胸の奥に静かに響いた。

ああ、この人は――まっすぐで、優しい。

そう思った瞬間、喉の奥が熱くなった。


優芽が笑いながら「ねえ、藍。今度さ、みんなで初詣行こうよ!」と言うと、

翔太が「絶対寒いって」と返し、また笑い声が弾けた。

その輪の中にいるのに、藍の心はどこか遠くにいた。


――本当は、私だけが違う。

放課後の勉強、友達との笑い、夜のバイト、母の無関心。

それらが、彼女の中でひとつの線で繋がらない。

笑っているふりをしても、どこかで「嘘をついている」ような罪悪感があった。


空汰の隣でケーキを食べながら、藍はふと窓の外に視線を向けた。

粉雪がゆっくりと降っていた。街灯に照らされ、光の粒が舞う。


そのとき、藍は気づいた。

――私、嬉しいんだ。

誰かと同じ時間を過ごして、笑って、見つめ合って、

“当たり前”のような幸福を感じていることが。


でも同時に、涙がこみ上げた。

それは懐かしさでも、悲しさでもない。

「こんな時間は、私には似合わない」

そんな小さな自己否定の声が、胸の奥から聞こえた。


自分は汚れている――そう思い込んでいた。

夜の街でつくる笑顔、見知らぬ客の言葉、嘘を重ねる日々。

それでも空汰は、まっすぐな瞳で「すごい」と言ってくれる。

その優しさが、痛かった。

だから、泣きたくなった。


――この涙は、きっと嬉しいのに、悲しい。

藍は静かに瞬きをして、涙が零れないように空を見上げた。



帰り際、駅前のイルミネーションがゆっくりと消えていく中で、空汰が言った。

「なあ、藍。来年、初詣……一緒に行かない?」

「え?」

「みんなでじゃなくて……二人で」


藍の心臓が跳ねた。

雪の降る音が、耳の奥で静かに響く。

「……うん。行きたい」

その言葉を口にするまでに、たぶん三秒もかかっていないのに、

藍には永遠にも感じられた。


空汰が少し照れくさそうに笑った。

「約束な」

「うん……約束」


その瞬間、街の空は深い藍色に沈み、

彼女の心の中でも、何かがゆっくりと変わり始めていた。

それが“恋”というものだと気づくのは、もう少し先の話。


――でもこの夜を、藍はきっと一生忘れない。

あの日、誰よりもやさしい光が、彼女の世界を包んでいたから。

あの夜、胸の奥で灯った小さな光は、

きっとまだ言葉にはならない「恋」だった。

優芽と翔太の笑顔、空汰のまっすぐな眼差し。

そのすべてが藍の心を少しずつ溶かしていく。

――それは、冬の終わりに春を知らせる最初の灯のように、確かに未来へと続いていた。

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