それからのこと
「どこから話したらいいかしら…。」
火の消えた枝の残骸からでる細い煙を、遠くを見る目で見上げるジェシカ。そんな彼女を見兼ねたマサトは、ジェシカの心境に気にかけ、落ち着いた口調で語りかけた。
「アルラトールを出てからのことで構わない。」
「えっ?」
「お前があのセアンとかいう女騎士が言ってた数ヶ月前に召喚された勇者なんだろ?俺も色々あってな…。お互い、その話はなしでいこう。別に興味もないしな。」
「そう…ありがとう。」
アルラトールに興味がない。というには心残りが多かった。
牢獄で出会った高校生の今後も少しは心配していたし、どうして異世界から勇者を召喚しているのか。ラズリーに対する剥き出しの敵意には、悪魔以外に理由はあるのか。そもそもあの時、もし。自分にもポセイドンのような大当たりが出ていたら、あるいはその逆だったなら。今頃何をしていたのだろう。そんなもしもの話を頭の片隅に置いて、国を出てからの話をさせたのはジェシカの空腹ぶりを目の当たりにし、自分の身を案じたに他ならない。これからのことに目を向けられたのは、暗闇で一人、ゲームに没頭していた自分にラズリーというパートナーが出来たからだ。この先この世界で生きていくには森を抜けなければならない。まだ踏み入ってすらない自分の状況に幾らか危機感が芽生えたような気がしたのだ。
マサトは静かに、ジェシカが話し始めるのを待った。
「ふぅ。あたしはアルラトールを出てから、二人と同じようにこの辺の海岸に着いたの。王様からのお小遣いで食べ物とか飲み物とか、色々買ってから出てきたからしばらくは大丈夫だったの。でもそのうち尽きるのは分かってたから頑張って森に入ってみることにしたのね。数日歩いて、食糧も尽きかけてきた頃に森をぬけて街を見つけたの。それで…」
「ちょっと待った。森で魔物やらなんやらには出会わなかったのか?数日居たんだよな?」
「ええ。帰りも合わせて1週間ぐらい?特になんにも居なかったわよ。」
マサトが横を見ると、ラズリーは気まずそうに目を逸らした。
「…それで?街には行ったのか?」
「もちろん行ったわ。でも、アルラトールを出る時にお小遣いは使い切っちゃったからお金が必要でね。お仕事探しから始めたのよ。そしたら…」
「ん?どうした?」
「街の人が仕事ならギルドに行けっていうから魔道士ギルドに行ってみたら、魔法の使えない方は登録出来ないって言われて…。」
握られた拳に段々と力が入るジェシカ。表情には雲がかかり、雰囲気が怪しくなってくる。
「戦士ギルドに行ったところで武器なんてないし、格闘技なんて見たこともないし…」
拳の震えが目に見えるように、声色にも感情の高ぶりが見られる。
「鍛冶師もあるって言われたけどそんなの格闘技より出来るわけないし……仕方なく誰でも入れる商業ギルドに登録したけど………」
ジェシカは耐えられなかった。
「商売なんてしたことないもーん!!うぇーん!!どうしてここにはギャンブル無いのー!日本では毎日勝ちまくって生活出来たのにー!うえぇぇぇん…!お金稼ぐなんて無理ー!!!!うええぇぇーーーんん……」
お金を稼げない。と子供のように泣き喚く成人女性を目の当たりにしたマサトはつい、身を引いてしまった。それとは対象的にラズリーは静かに立ち上がり、涙を流すジェシカのもとへと歩み寄った。
「大丈夫ですよ。ジェシカさん。頑張りましたね。よしよし。」
「うっうっ…でも…でも…あたし…お金が無くなったから…うっ…王様にまたお小遣い貰おうと思って…うっ…ここまでしか来れなかったのぉおー!!うぇえええん!ダメな大人なのぉぉぉ…うぇぇぇえええ…」
「ダメなんかじゃありませんよ。大丈夫です…。大丈夫ですよ。」
ラズリーの横顔は子供をあやす母のように、優しく暖かかった。
一度は身を引いたマサトだったが、ジェシカの無邪気な泣き顔とラズリーの美しい横顔に自身も手を差し伸べた。
「そんなに泣くなよ…。街には行けたんだろ?俺より随分マシじゃねぇか。」
「そうね…。男のくせに森にも入れないなんて。あたしの方がマシね。」
こいつ…。(ピキッ)
「でもマサト君、ラズリーちゃんの魔法が使えるんでしょ?あたし…あたし…うぇぇえええん!!!!」
「もー。マサト様!泣かせちゃダメですよ!」
「俺じゃないよ。ラズリー。俺のせいじゃない。」
「うっ…うっ…でも…。街には行くのよね?」
「ん?ああ…。まぁ…そうだな。」
「道案内するから…ひっく…。養って?」
「なんでだよ!?!?!?」